Fukumoto International Patent Office
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福本 2025年2月作成 2025年4月/6月/2026年1月追記
特許について、主に中小企業さん・個人発明家さんに、お役に立つと思われる事項
を綴ったものです。完成品ではなく、折を見て追加・補充してゆく予定です。
1.出願の前に..
§1.発明を生み出すには..
特許出願に踏み出す前に、当然ですが、発明がなされなければなりません。発明創造活
動の進め方については、弊所ウェブページ「中小企業さんの知財戦略のご参考に」
p.51- 55 (11MB PDF)をご参照下さい。
§2.知財(知的財産)活動の効用
製造業において、特許を保有している企業は保有していない企業に比べて、売上高・経
常利益・経常利益率の増加傾向が、いずれも良好となっている、という特許庁の報告が
あります。
『知財活動により開発成果を適切に保護することで、他社の参入を排除して売上や利益
確保が可能となるなど、知財活動が中小企業の業績向上に重要な役割を果たしているこ
とを示唆しているとみられる』と述べられています。特許取得などの知財活動を取り入
れることは、収益の向上を目指す上で、一つの解法となり得るものと言えます。
§3.知財担当者(兼任)の任命を
大手企業には、「知財部」という、知財を専門に扱う部門が設けられています。大手企
業の知財活動は、知財部によって組織的に行われます。一方、中小企業では、知財部を
設けるほどのゆとりが無いところが殆どであろう、と思われます。そのような企業さん
でも、一人の知財担当者を置くことはどうでしょうか..専任は無理であっても、兼任
の担当者を置くことは、多くの会社さんで可能なのではないでしょうか..
例えば、設計を担当する技術者さんで、技術文書を読んだり書いたりすることを厭わな
い人を、兼任の知財担当者に任命して、知財活動を兼務してもらうという手が考えられ
ます。一人前の知財担当者に育てるために、弁理士を活用して、例えば、半年間の顧問
契約を結んで月2回の頻度で教育をしてもらう、というのは、有効な手立てであろうと
思われます。
弁理士であれば、規定の期間にわたって知財活動の仕方について手ほどきをするプログ
ラムを作って、依頼に応じることは可能でしょう。相談のし易いお近くの弁理士さんを、
お訪ねになると良いでしょう。
担当者には、自社内の誰もが気軽に相談できることが望ましいと言えます。そのために
は、部長さんのように重い肩書きを持った人よりも、肩書きが無いか、あっても軽い若
い人が適任だろうと考えます。社内で発明への関心が高まり、発明提案も出てくるよう
になります。これは会社勤めをしていた過去に、実際に経験したことです。
担当者を置くことによって、ノウハウが自社に蓄積されることにもなります。一方、外
部に依頼するだけでは、自社への蓄積は期待できないでしょう..
自社で知財活動ができるようになれば、簡単な案件は自社で対応し、難しい案件につい
ては、弁理士を利用する、という外注(アウトソーシング)の使い分けもできるように
なります。知財のための限られた予算を、効率よく使うことができることになります。
専門家が必要なときには、教育を通じてつながりのできた弁理士に、まず相談すること
になるでしょう。信頼関係を作り上げることにより、教育を担当した弁理士とのつなが
りが、深く長く続くことになります。会社さんにとっても、弁理士にとっても、望まし
いことではないでしょうか..
幅広い弁理士が深く根を下ろして関与する仕組みができることにより、中小企業の知財
活動が大きく広がる可能性があります。中小企業の知財活動が幅広く活性化することで、
わが国の全従業員数の70%を占める中小企業(2006年データ)の収益の向上が期待さ
れます。大企業85%に対して中小企業15%という、アンバランスな特許出願件数の
比率(但し漸増中)にも、さらに前進が期待できるのではないでしょうか..
中小企業の知財活動の活性化のためには、弁理士の側から積極的に提案してゆくことも
推奨されるべきことでしょう。弁理士にとっても、新たなビジネスモデルとなり得るも
のと考えます。
§4.「知財ミックス」とは..
特許権以外にも、様々な知的財産権が有ります。弊所ウェブページ「中小企業さんの知
財戦略のご参考に」(11MB PDF) p.2- 3 (補充版有り)(165KB PDF)をご参照下さい。
新製品を世に出す前には、技術面に着目して特許出願をし、外観のデザインに着目して
意匠登録出願をし、商品名称に着目して商標登録出願をする、というように複数の知的
財産権を組み合わせて製品の保護を図ることが推奨されます。
10年以上も前に参加した個人発明家さんの発明発表会でも、新規なアイデアが生み出さ
れると同時に、これら3種の知的財産権をセットで考え、新製品を多面的に保護しよう
とする姿勢が、どの発明家さんにも見られました。個人発明家さんの間でも既に常識と
なっていた、このような戦略は「知財ミックス」の名で呼ばれています。
特許性が高くはない創作について、技術面での保護を受けるために実用新案登録出願を
し、同時に外観に着目して意匠登録出願をする、というケースは、しばしば見られます。
この場合、実用新案の公報発行が、出願日から2ヶ月足らずで行われることに注意を要
します。実用新案登録出願の記載の仕方によっては、実用新案登録公報発行により意匠
が新規性を失い、その後に意匠登録出願をしても、登録を受けられなくなります。公報
の発行については、新規性喪失例外規定の適用を受けることができません[弊所ウェブ
ページ「基本的な特許用語のお話(各国比較)8.新規性喪失の例外規定(グレース・
ピリオド;Grace period)」ご参照]。
§5.「売れる」発明を..
特許権に限らず知的財産権は、事業を有利に展開するための手段ですので、特許を取る
ための発明ではなく、事業に役立つ発明・「売れる発明」という視点が、肝要であろう
と考えます。特許を取ることに注力する余りに、発明が複雑になり過ぎて、売れない発
明になってしまうのでは、本末転倒でしょう。
弊所ウェブページ「明細書の書き方アドバイス(その3)〜個人発明家さんの発明〜
(7)自分が買って使いたくなる発明品を...」をご参照下さい。
発明者さんの中には、特許を取りさえすれば売れる、とお考えの方も時折いらっしゃい
ます。特許は、売れる商品を他者の模倣から防ぐことにより、本来の収益・高収益を確
保する手段であって、「特許第xxxx号」という特許表示や「特許出願中」という出
願表示が、一定の宣伝効果を発揮することはあっても、本来売れない商品を売れるよう
にする魔法の手段ではありません。売れる商品は特許が無くても売れ、売れない商品は
特許があっても売れない、というのが真実であろうと思われます。
商品が売れるためには、売れるほどの魅力が備わっていることが第一でしょう。本来的
に魅力の無い商品は、上手な宣伝・広告によって一時的に売れることがあっても、長続
きはしないのではないでしょうか..
§6.宣伝・広報も大事
商品に魅力があっても、売れ始めるまでには、宣伝・営業等の活動を要するのも事実で
しょう。付箋「Post-it」(米国のスリーエムカンパニーの登録商標)も、発売の年に
は売れず、次の年に米国内のトップ企業の社長秘書部門に、試供品として贈るという宣
伝戦術を採ったところ、評判がたちまち広がり、その年には米国中で売れるようになり、
更に次の年には世界中で売れるまでになった、と聞いております(米国の元CAFC主席判
事Randall R.Rader氏講演より)。アマチュアがプロを真似るように、新しい文化・習
慣は人々が見上げるところから広がり易い、という一種の社会法則に叶った戦術でもあ
ったのでしょう。
日本でも、当初は売れなかった商品について、商品名を変えて宣伝を行うことにより成
功を収めた一例として、「通勤快足」(アサヒシューズ株式会社・株式会社レナウンイ
ンクスの登録商標)が知られています。これらは、いずれも商品自体に魅力が備わって
いた上に、適切な広報活動を行うことで、成功につながった例と言えます。後者は、商
標が宣伝・広告に役立つ例としても注目されます。商標を選択するときの参考にもなる
でしょう(弊所ウェブページ「商標登録出願の実務」(407KB PDF)p. 9「商標の選び方
− 登録されない商標(4)」ご参照)。
§7.容易ではない発明の売り込み
特許を取得しても、特許発明を収益につなげるまでには、長く険しい道が待っているこ
とを自覚すべきでしょう。特許を取得することは、それに比べればはるかに易しく、富
士山への登頂で言えば3合目を通過したに過ぎないと言えます。消費者の購買力が低下
している今日では、山頂はますます高く遠いものとなっている、と言えるでしょう。
自身で製造・販売するのではなく、特許権をライセンス(実施権供与)して他社に製造
・販売を任せ、自身はライセンス料で収益を上げる、というビジネスモデル(事業形態)
をご想定でしたら、収益に至るまでの道は、なおさら平坦ではないということを、認識
しておく必要があるだろうと思います。新たな事業のリスクを、ご自身から他者に転嫁
しようとするものであるところに、格別な困難性の根源があるものと考えます。
一般に、特許が取得できていても、直ちに商品化できるものではなく、大なり小なりの
設備投資を行った上で、一定の試作を繰り返してようやく商品が完成するものであって、
しかも市場に投入したところで売れるという保障も、通常は有りません。ライセンスを
受ける製造・販売者側が、全てのリスクを負うことになります。特許権をライセンスし
たい人は山ほどあっても、ライセンスを受けたい人は限られているという、需給の極端
な不均衡を生じる大きな要因であろうと考えます。
大きな会社ほど、リスクを避ける傾向が強いように思われます。大会社にすれば僅かな
収益のために、敢えてリスクを冒すべき理由が無いからでしょう。リスクを冒して失敗
をすれば、決裁者の出世をも左右することになりかねません。購買力の低下に伴い、リ
スクは一層高くなっているでしょうから、以前にも増して保守的にならざるを得ないと
言えるでしょう。
大阪の有名な電機メーカの知財部長さんの講演に、個人発明家さんから発明の売り込み
を受けることはあるが、これまでに採用したことは無い、というお話がありました。そ
もそも、大手企業は50億円以上の市場規模が見込まれないと動かない、とも聞いてお
ります。
特許ライセンスの売り込み先に、名のある大手企業を選ばれる発明家さんが少なくない
という印象です。未だ成功なさった話は聞きません。企業を訪問して、応対に出た担当
者さんが仮に採用したいと考えても、最終的に採用が決定されるまでには、はんこが幾
つも並ぶほど、何段階もの管理者の判断を経る必要があります。仮に、各段階で1/2
の確率で承認される見通しがあったとしても、最終決裁までにはんこが5つ並ぶ会社で
あれば、単純計算が許されるならば、成功の確率は1/32となります。ライセンスの
売り込みは、概ねこのような環境の中にあることも念頭におかれると良いと思います。
相談を受けた発明者さんの中には、自身で特許発明品を製作して販売していたところ、
売れ行きが良くなった頃に、大手ではないとのことですが商社さんから販売の申し出が
あった、という例もありました。既に商品化され、しかも売れ行きが好調であって、リ
スクが無いことをご自身でいわば実証されたからこそ、であろうと思われます。
一方、「はんこの数」が少なく、直ちに社長決裁につながり易い中小企業さんの中には、
数は多くはありませんが、発明を吟味した上で採用する例も見られます。特許ライセン
スの売り込みについては、ご発明の性格・商品の市場規模にもよるでしょうが、一般に
規模の小さい企業さんの方が、採用され易いように思われます。売り込みでは、見せ方
も大事で、完成度の高い試作品を提示すること、ユーザにとっての商品の利点を伝える
こと、が大切であろうと考えます。売り込みに際しての注意事項は、弊所ウェブページ
「中小企業さんの知財戦略のご参考に」(11MB PDF) p. 50「気を付けよう・・・アイ
デア売込み交渉」をご参照下さい。
なお、実績データ[石田正泰「ライセンス契約実務ハンドブック」発明協会(2000年)
初版p. 208, 233]によりますと、実施料(ランニングロイヤルティ)は、販売額(工
場出荷額・税抜き)に、実施料率を乗じて計算されることが多く、設定される実施料率
は、分野にも依存しますが、全体的には、非独占的通常実施権では2〜4%が多く、独占
的通常実施権では3〜6%が多いことが分かります(数値範囲は、いずれも実施料率分布
のうち、値が最低付近20%の事例と最高付近20%の事例とを除いた事例の値)。実
施権(ライセンス)の種類については、弊所ウェブページ「中小企業さんの知財戦略の
ご参考に」(11MB PDF) p. 4「特許権の生かし方」をご参照下さい。
実施料(ランニングロイヤルティ)を成約しても、必ずしもライセンシーから一定期間
(例えば半年)毎に、計算書を添えてきちんと支払ってもらえるとは限らないことにも、
留意が必要でしょう。計算書の内容が、どう見ても低めであったり、そもそも何の報告
も支払いも無い、ということもあり得ます。ライセンサーが不満を抱えるケースが少な
くありません。
問題は、実施料の支払いがライセンシーの良心に依拠していることにあるものと思われ
ます。契約書には、ライセンサーの代理人がライセンシーの会計帳簿を閲覧・検査でき
る、といった条項が設けられるのが通常ですが、この条項を発動するときには、もはや
信頼関係は損なわれており、良好な関係を続けることは困難でしょう。
このような問題を回避して、ライセンサーの利益を安定して確保するためには、販売数
量に拘わらず、一定期間ごとに、一定の金額を支払うこととするか、あるいはそれに加
えて、販売数量に応じて支払うこととするのが、望ましいのではないか、というのが感
想です。それにより、ライセンシーの良心の「多寡」に拘わらず、成約に基づく一定期
間ごとに、最低でも一定額の金員を受け取ることが可能となります。
§8.発明をどう生かすか出願の前から
出願の前に、将来の特許発明をどのように事業に生かすのか、ビジネスモデルを見定め
ておくことは、大切なことであろうと考えます。特許出願において特許権を主張する
「請求項」の記載が、ビジネスモデルによって左右される場合があります。出願を弁理
士さんに依頼なさる場合には、想定しているビジネスモデルについても、伝えておくこ
とが大切です。
また、ライセンシング(実施権供与)を想定されているのであれば、無審査で登録され
る実用新案は対象外でしょう。特許性は高くなくても、宣伝広告に利用できれば、目的
の半分は達成されるというのであれば、特許出願をして審査請求を、期限(出願日から
3年後)ぎりぎりまで引き延ばす、あるいは実用新案を選択するという手もあり得るで
しょう。
§9.発明が生まれたら先行技術調査を
発明が生み出されて出願に至るプロセスについては、弊所ウェブページ「中小企業さん
の知財戦略のご参考に」(11MB PDF) p.55をご参照下さい。発明が生まれると、
出願を決める前に、発明に特許性があるのかどうか、ある程度の目安を得るために、簡
単なやり方であれ、先行技術調査を行うことがお勧めです。調査の結果によって、特許
権を請求すべき発明を、より狭く把握し直したり、更に改良を行ったり、そもそも出願
の対象から外したり、といった有効な手立てを講じることができます。
調査を行うには、INPIT(インピット;独立行政法人工業所有権情報・研修館)の
J-PlatPat(ジェイプラットパット;無料)にアクセスして行うのが経済的です。
現在では、検索式の入力、各文献の固有のURLが利用可能となっており、使い易くなっ
ています。国際特許分類IPCを基礎として細分化された日本特有の特許分類FIを使って、
技術分野を絞り込み、キーワードを使って検索対象文献を更に絞り込むのが、基本と言
えます。FIは、新たな変更がある場合には、過去の文献にまで遡って付け替えられるの
で、時々に変更があっても安心して使えるという利点があります。
「○○,5N,△△」(キーワード○○とキーワード△△が、前後を問わず5文字以内の間
隔を置いて近接している;
「○○,1C,△△」(キーワード○○とキーワード△△が、この順序で1文字以内の間隔
を置いて近接している;
といったキーワードの入力の仕方も可能です。
このような近接ワード検索を使うことで、相当に狭く絞り込むこともできます。100文
献程度に絞り込むことができれば、1件毎に目を通して、ご発明との関連性の有無を判
断するのに、大した時間は要しないだろうと思います。
日本特有の特許分類には、FIのほかに、Fタームもあります。FIがカバーするある範囲
(「テーマ」と称されます)に該当する文献が多数有る場合に、このテーマ内の文献に
ついて、FIを更に細分化するというよりも、FIとは別の観点で細分化するものとなって
います。FIが地球の経線とすれば、Fタームは交差する緯線のようなものですので、該
当するテーマ内のFIとFタームとを、論理積で組み合わせることにより、目的とする文
献をピンポイントで検索することが可能となります。
検索したい文献に該当するFタームが、該当するテーマ内にあるときには、有用なツー
ルとなります。但し、Fタームの信頼性はFIほどではない、と聞いたことがあります。
学生時代に、Fタームを付与するアルバイトの募集広告を、目にしたことがあります。
アルバイトによって付与されていたのでしょうか..品質については承知の上で、使用
するのが良いのかもしれません..
J-PlatPatでは、文献に固有のURLが表示されますので、関連性ありと判断した文献
については、文献のPDFファイルをダウンロードしなくても、文献のURLをコピペし
ておくだけで、いつでもリンクをクリックすることにより、内容を詳細に検討すること
ができます。出願・登録の経過情報も閲覧できます。文献のURLとともに、閲覧中の
文献テキストから、関連する情報を適宜コピペすることにより、読み易い調査報告書を
簡便に作成することもできます。
先行技術調査は、製造・販売しようとする製品が、他者の特許権等を侵害することにな
らないか、を確認する意味でも重要です。製品の製造・販売の可否についての知見を得
るものですので、むしろ、この目的の方が重要性は高いと言えます。特許性の調査と侵
害性の調査との間で、文献を見る視点の相違についても、弊所ウェブページ「中小企業
さんの知財戦略のご参考に」(11MB PDF) p.55に、簡潔ながら記しております。
ご参照下さい。
§10.発明品の市場性の検討のための調査 (2025年4月追記)
発明の特許性の調査だけでなく、発明品が売れるか否か、その市場性を事前に検討する
ためにも、先行技術調査を利用することができます。ご発明と同一分野・同一目的の先
行技術文献を、ご発明の特許性を否定する文献となり得るか否かとは無関係に、網羅的
に検索すると良いでしょう。特許分類・キーワードを用いた検索にヒットした文献の一
つ一つについて、「要約書」の「課題」欄を見れば、目的が同一かを判断できますので、
スクリーニングは容易に行うことができます。1000件くらいの文献から、目視により拾
い上げてゆくのに、1日あれば足りるでしょう。
自社の発明品より簡素で使い易いものが無いか、自社発明品に競争力があるのか、につ
いての判断材料を提供してくれることでしょう。ご発明と目的を共通にする文献が、数
多く挙がっているにも拘わらず、市場に出回っているものが無いのであれば、それらの
従来品に工夫が足りておらず使い難いからなのか、そもそも、そのような目的の製品へ
の需要が、それほど高くないからなのか、よくご検討なさると良いでしょう。
なお、特定分野・特定目的の先行技術文献を網羅的に検索する手法は、発明を生み出す
前に利用することもできます。すなわち、何とかできないかと気が付いている従来の不
便を、解決する技術が既に存在していないか、あったとしても、改善すべき点が無いか、
を調べ、生み出すべき発明の課題を絞り込むためにも、有用な方法と言えます。
§11.特許を取れば他人の特許権の侵害にはならない?? (2025年4月追記)
ご発明について特許を取得できれば、この発明を使って製品を製造・販売しても、他者
の特許権を侵害しない、という考えは通用しないことに注意を要します。電気釜の発明
に特許が付与され、その後に別の者が、電気釜にタイムスイッチを付けた発明について、
それが進歩性有る発明であれば、特許を取得することは可能です。しかし、タイムスイ
ッチ付きの電気釜を製造・販売すれば、電気釜をも製造・販売することに他なりません
ので、無断で行えば電気釜の特許権を侵害することになります。
タイムスイッチ付きの電気釜の発明は、電気釜の発明を「利用」した発明の一例に該当
します。特許の世界では、利用の関係にある発明は、特別なものではなく一般的なもの
です。
意匠の世界では、利用関係は多くはないので、自身が意匠登録を受けると、誤登録でな
い限り、登録意匠と同一範囲の使用は、他人の意匠権の侵害には該当しないと、判断で
きる場合が多いと言えます。このため、自社製品について意匠登録を受けておくことは、
他社の意匠権の侵害にならないことを確認する意味でも、有効であろうと思われます。
自社製品について、意匠権の侵害警告を受けた場合に、自社製品が販売後1年以内であ
れば、新規性喪失例外規定を利用して、自社製品について意匠登録出願をするというの
も、有効な手立てであろうと思われます。侵害警告を受けておれば、早期審査の請求を
することができますので、同時に利用すると良いでしょう。
意匠でも、他人の登録意匠を利用した登録意匠(例えば、ハンドルについての登録意匠
を利用した自転車の登録意匠)については、特許と同様のことが言えますので、この点
は留意を要します。商標では、自身が商標登録を受けると、たとえ誤登録であったとし
ても商標権が存続する限りは、登録商標と同一の範囲の使用は、専用権の効力として、
他人の商標権の侵害には該当しないものと、解されています。
このように特許では、他法域との違いがあることに、注意を要します。自身が特許を取
得するか否かとは無関係に、自社製品の製造・販売行為について、非侵害性を確認する
ことは必要なことと言えます。
なお、電気釜の特許権者も、タイムスイッチ付きの電気釜の特許発明を無断で製造・販
売することはできません。このような行為は、タイムスイッチ付きの電気釜の特許権を
侵害することになります。特許法に明文の規定はありませんが、当然のことと解されて
おり、特許法第92 条(裁定通常実施権の規定)第2 項は、このことを前提とした規定
となっています。利用・被利用の関係にある登録意匠についても、同様のことが言えま
す(意匠法第33条第2項は、特許法第92 条第2 項と同様の規定となっています)。
§12.侵害性調査 (2025年4月追記)
侵害性調査は、製造・販売しようとする製品が、他者の特許権等を侵害することになら
ないか、を確認するための調査です。既に記載の通り、製品の製造・販売の可否につい
ての知見を得るものですので、特許性調査よりも、むしろ重要性は高いと言えます。
特許性調査では、ご発明の特徴を開示(文献全体のどこかに記載)した文献を探すとい
う視点で、検索の対象を絞り込むことになりますが、侵害性調査では、自社製品の特徴
を請求項に含む文献を探すという視点で、絞り込みをすることになります。両者にどの
ような違いがあるのか?...
後者では、キーワードは請求項内のテキストに限定して設定すれば良いのか、と言えば、
そうとも限りません。請求項に上位概念で記載される用語を、正確に予測することは困
難である場合が少なくないからです。自社製品の特徴を開示した文献を探すようにすれ
ば、その中には、請求項にその特徴が(上位概念で)記載されるものも入ってくるでし
ょうから、特許性調査と同じ要領で文献を絞り込むのも、有効な手であろうと考えます。
相違点を言えば、特許性調査ではご発明の特徴として、特許を受けたい特徴、すなわち
従来には無く特許に値すると期待される特徴を選び出せば足りるのに対し、侵害性調査
では、製造・販売したい自社製品の中に、20年前(医薬品であれば最大の延長を考慮し
て25年前)に遡って技術水準を考慮すれば、新規な発明として特許されている恐れのあ
る特徴を、全て拾い上げる必要がある点が、挙げられます。
絞り込んだ文献に逐一目を通して、侵害に該当しそうな文献をスクリーニングする過程
では、請求項に限定して見てゆけば良いと言えます。この過程でも、文献に自社製品の
特徴が開示されていなければ、請求項に記載されることもないはずですから、拾い上げ
の対象から外すこともできるでしょう。
スクリーニングでは、特許文献優先(同一出願に出願公開公報と特許公報の双方が有る
場合には特許公報を選択)で、文献を見てゆくことになります。特許公報が無く出願公
開公報しか無い出願であっても、請求項に記載された発明は、将来特許される可能性が
ある訳ですから、拾っておくのが安全でしょう。出願公開された請求項発明そのまま、
又はそれよりも狭く補正された内容で特許されることはあっても、逆に拡大された内容
で特許されるケースは、無いわけではありませんが希少でしょう。
既に特許権が放棄されたり存続期間が満了した特許、あるいは、審査請求がなされずに
取下げ扱いとなっていたり、審査を通じて拒絶が確定したりしている出願については、
侵害性に関しては考慮を要しないのは当然と言えます。但し、これらの文献が公開され
た後には、同じ発明について出願がなされても特許権が発生する恐れが無い、というポ
ジティブな情報を提供する文献として、拾っておく価値があるものと考えます。
20年前(医薬品は25年前)より前に出願された文献の中に、このような「ポジティブ文
献」があれば、同一発明について現在も存続する特許は存在しないことになります。も
しも存在したとすれば、瑕疵ある特許として、無効審判を請求できることになります。
従って、文献をスクリーニングする過程では、古い文献から先に見てゆく、というのも、
有効な方法かもしれません(試したことはありません)。
自社製品が、ある特許の侵害に該当するか否かは、通常は、独立請求項を見れば足りま
す。通常は、従属請求項は、従属先の独立請求項に限定を付加して、権利範囲(侵害性
判断の場面では「技術的範囲」と呼ばれます)を狭くするものとなっているからです。
ある独立請求項の侵害に該当すれば、その特許権の侵害に該当しますが、逆に、ある独
立請求項の侵害に該当しなければ、それよりも権利範囲の狭い従属請求項の侵害にも該
当しないことになります。
従属請求項の記載の仕方によっては、従属先である上位の請求項を単に限定するのでは
なく、その一部の要素を別の要素に置き換えたり、上位の請求項を逆に拡張したりする
ものも、多くはありませんがあり得ます。後者は、主に化学の分野で、例えば、上位の
請求項が「実質的に銅、亜鉛、鉄からなる」と(実質クローズ形式で)記載されていて、
その従属請求項が「更にニッケルを含む」と記載される場合が該当します。
前者は、特許庁「改善多項制の手引き」(昭和63年;1988年)には、記載可能な形式と
して挙げられていますが、実際上目にすることは稀です。この形式で記載した従属請求
項について、審査の過程で、独立請求項に改めるよう、審査官より求められたことがあ
ります。特許庁お勧めの形式ではないようです。
自社製品が、ある請求項に記載された特許発明の侵害に該当する(正確には、特許発明
の「技術的範囲に属する」、すなわち特許発明の権利範囲に入っている)と言えるため
には、請求項に記載された全ての内容を、自社製品が備えていることを要します。これ
が原則となります(この原則に基づく侵害は、実務上「文言侵害」と呼ばれます)。従
って、請求項と自社製品とを対比して、請求項に記載された事項毎に、それが自社製品
に備わっているか、を逐一確認してゆく作業を要します。
請求項に「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装置。」と記載されていて、自社製品が
その具体例に該当する「要素aと要素bと要素cとを備えるヒータ」であれば、自社製
品は、この請求項に記載の発明の侵害に該当することになります。「要素aと要素bと
要素c要素dとを備えるヒータ」も、「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装置」であ
ることに変わりはありませんので、やはり侵害となります。
一方、自社製品が「要素aと要素bとを備えるヒータ」である場合には、「要素C」の具
体例に該当する要素が無いので、非侵害となります。自社製品が「要素aと要素bと要
素c*とを備えるヒータ」であって、要素c*が「要素C」から外れた要素である場合にも、
同じく非侵害となります。
侵害であるか否かの判断が、このような原則通りの「文言侵害」のみで足りるのであれ
ば、判断は比較的容易であると言えます。しかし、平成10年(1998年)2月24日の最高裁
判決(註1)により、「均等論」がいわば公式に解禁となり、現代では、製品に特許発
明とは異なる部分があっても、それが微差であって、特許発明の目的・作用・効果を奏
する場合には、その製品は、特許発明と「均等」(実質的に同じ)であるとして、侵害
に含めるという実務が通用しています。このように「均等」の範囲を含めることにより
認められる「侵害」は、実務上「均等侵害」と呼ばれます。
現代では、自社製品が、文言侵害に該当しないだけでなく、均等侵害にも該当しない場
合に初めて、非侵害と認定されます(特許権者が均等侵害を主張しなければ、均等につ
いて考慮の必要はありませんが、侵害を訴える者は、まず主張しますし、将来の侵害を
未然に防ぐための侵害調査の段階では、最悪を想定すべきでしょう)。では、「均等侵
害」に該当するか否かは、実際上どう判断すればよいのか...
自社製品が「要素aと要素bと要素c*とを備えるヒータ」である場合を例に取ると、以
下の5つの関門(均等の要件)のいずれか一つでも通過(要件を充足)できなければ、
「均等侵害」には該当しないことになります。これらの関門を全て通過して初めて、
「均等侵害」が成立することになりますので、「均等侵害」は成立し難い、と一般的に
言えます。特に、最後の関門(5)(均等の第1要件)は、通過が難しいことで知られてい
ます。以下では、5つの関門を、判断がし易いと思われる順に並べています。
(1)
自社製品が特許発明の均等侵害であるためには、自社製品「要素aと要素bと要素c*と
を備えるヒータ」は、特許発明「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装置」の目的・作
用・効果を奏することを要します。特許発明の目的・作用・効果を奏しないのであれば、
均等侵害は成立しません(上記の最高裁判決が示した均等の第2要件)。但し、完全に
同一の作用効果を奏することまでは必要なく、実質的に同一の作用効果であれば足りる、
と解されています。
(2)
特許発明の請求項が「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装置。」のように記載され、
補正された後の記載であることを示す下線が「要素C」に引かれている場合には、
「要素C」には「均等論」が効かない可能性があります。特許の出願経過情報を見て、
「要素C」が、審査の過程で引用文献に基づく拒絶を解消するために、請求項を減縮する
(権利範囲を狭める)目的で補正されたものであれば、「要素C」は文言通りに解釈され、
均等範囲として広がりを考慮する必要はないと判断できます。このような補正は、「特
許発明の技術的範囲に属しないことを承認したか,少なくとも外形的にそのように解さ
れるような行動をとったものと理解される」からです(例えば平成30年(2018年)6月
19日 の知財高裁判決;上記の最高裁判決が示した均等の第5要件)。
この場合、自社製品「要素aと要素bと要素c*とを備えるヒータ」は、均等侵害を考
慮しても、非侵害と結論できます。まずは、自社製品とは異なる請求項の部分に、下線
が引かれているか否かに着目すると良いでしょう。
(3)
「均等侵害」が成立するためには更に、特許発明の「要素C」を、自社製品の「要素c*」
に変更することが、当業者(当技術分野の通常の知識を有する者)にとって、自社製品
を製造した時点で、難しいことではないことを要します(上記の最高裁判決が示した均
等の第3要件)。特許出願の審査で求められる「進歩性」のレベルほどに高い困難性で
はなく、当業者であれば誰もが、特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識
できる程度の容易さで足りる、と解されています(例えば、平成10年10月7日の東京地
方裁判所「負荷装置システム事件」判決)。従って、変更が「進歩性」が認められるほ
どに困難であれば、関門(3)は通過できず、均等侵害は成立しないことになります。
(4)
特許発明「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装置」の特許出願時において、自社製
品「要素aと要素bと要素c*とを備えるヒータ」が、既に世に知られている(公知と
なっている)場合など、新規性又は進歩性の無い技術であった場合には、均等侵害は
成立しません(上記の最高裁判決が示した均等の第4要件)。
(5)
均等侵害が成立するためには更に、特許発明「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装
置」の構成のうち、自社製品「要素aと要素bと要素c*とを備えるヒータ」とは異な
る部分(この例では「要素C」)が、特許発明の本質的部分ではないことを要します
(上記の最高裁判決が示した均等の第1要件)。「本質的部分」とは、「特許発明の
特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特
徴的部分」であって、「特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課
題及び解決手段とその効果を把握した上で」確定されるべきもの、とされています
(平成28年(2016年)3月25日の知財高裁大合議判決;註2)。
特許発明が、その課題を解決するために採用した従来にない工夫点とは、要するに何
なのか、より本質を捉える視点で表現してみる(いわば請求項を捉え直す)と良いと
思います。それが、特許発明の「本質的部分」に相当します。文献の「要約書」には、
発明の課題とその解決手段が記載されていますので、検索にヒットした文献毎に短時
間で判断を要するスクリーニングの過程でも、「要約書」を見れば、「本質的部分」
について、おおよその見当は付くだろうと思われます。侵害調査に限りませんが、ス
クリーニングの過程では、時間が無ければ疑わしいものは全て拾っておき、後で、一
つ一つ丁寧に見てゆくと良いでしょう。
ここで注意すべきことは、請求項に記載されている記載事項(例えば「要素A」、
「要素B」・・など)のうちの、いずれか(例えば「要素C」)が、発明の課題を解
決する上で重要な特徴的部分であるから、「本質的部分」であるとして、それとは異
なる「要素c*」は均等ではない、と即断しないことです。「本質的部分」は、従来
にない工夫点の本質を表現したもの、という理解に立てば、「本質的部分」は、「要
素C」を含むものであると同時に、「要素C」よりも膨らみがある場合があります。そ
の膨らんだ中に、「要素c*」が入っておれば、特許発明が自社製品と相違する部分
「要素C」は、特許発明の「本質的部分」ではない(すなわち「均等侵害」を否定で
きない)、と結論できます(上記の知財高裁大合議判決に基づく)。
言い換えると、特許発明が仮に「請求項1」に記載されているものとすれば、「本質
的部分」を表現することは、特許発明の目的(課題)、手段、効果に照らして、「請
求項1」を包含し、それより膨らみのある場合もあり得る「請求項0」(請求項1の
上位の請求項)を作ることに相当します。すなわち、「本質的部分」とは、現実の請
求項1から真の特徴を抽出して作られる仮想的な「請求項0」に記載される発明であ
る、と簡潔に言い表すことができます。自社製品が「請求項0」に含まれるようであ
れば、相違部分(上の例では「要素C」)は「本質的部分」ではなく、自社製品が特許
発明の均等の範囲であることを否定できない、ということになります。
なお、請求項には、「要素Aと要素Bと要素Cとを備える加熱装置。」のような、装置
を構成する要素を列挙するだけでなく、「要素Aと要素Bと要素Cとを備え、要素Aは〜
であり、要素Bは〜であり、要素Cは〜である、加熱装置。」のように、様々な限定事
項が付加されるのが通例です。「要素Aは〜であり」という形式であれ、どのような記
載形式であれ、請求項に記載される事項は、特許発明を限定する事項(実務上「構成
要件」と呼ばれます;出願審査の過程では「発明特定事項」という別の名称で呼ばれ
ます)であることに変わりはなく、文言侵害・均等侵害ともに、例示した「要素C」の
判断と同様の手法で判断することになります。
また、特許発明が「装置」という「物の発明」の場合を例に挙げていますが、特許発
明が「Aすることと、Bすることと、Cすることとを備える加熱方法。」といった「方
法の発明」であって、自社が使用する技術が「aすることと、bすることと、c*する
こととを備える加熱方法」といった「方法」である場合についても、同様に考えるこ
とができます。
均等侵害を考慮した場合の問題点として、調査の対象として、製造・販売したい自社
製品の中に、新規な発明として特許されている恐れのある特徴を拾い上げるだけで足
りるのか、という疑問が残ります。拾い上げた特徴を含む文献を検索する訳ですから、
拾い上げた特徴以外の製品の特徴については、均等の範囲も検索にヒットするでしょ
うが、拾い上げた特徴については、均等の範囲は検索から漏れることになるのではな
いか、という問題です。
既に記載した通り、請求項に記載された事項(構成要件)を、発明の課題解決にとっ
て重要な部分(本質的な部分)とそうでない部分とに分け、重要な部分には「均等論」
は働かない、とする解釈は否定されています(上記の知財高裁大合議判決)。従って、
製品の中から拾い上げた特徴が、「本質的部分」に該当して「均等」を考慮する必要
なしと判断できるとは限りませんので、均等範囲に属するような請求項を想定した文
献の絞り込みを行うことが必要、ということになります。
ここまで考慮すると、その一つの解法として、先に記載した市場性調査のように、目
的同一の範囲を網羅的に検索するという手法を、想定することができます。上記(1)の
通り、特許発明の目的・作用・効果を奏しない製品には、均等侵害は成立しないから
です。あるいは、キーワードを使用せずに、FI、Fタームなどの特許分類のみを使
って絞り込みを行うという手が考えられます。いずれも検索範囲が広がり、スクリー
ニングにより長い時間を要することにはなるでしょう。
このように侵害性調査は、特許性調査に比べて一般に手間が掛かります。この点、覚
悟を要します。
《註1》 平成10年(1998年)2月24日の最高裁「ボールスプライン事件」判決より:
特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であって
も、
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達するこ
とができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知
識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容
易に想到することができたものであり、
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこ
れから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除
外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の
範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解
するのが相当である。
《註2》 平成28年(2016年)3月25日の知財高裁「マキサカルシトール事件」大合議
判決より:
特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従
来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明
の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果
(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4
項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見ら
れない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって
認定されるべきである。
・・・
また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかど
うかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本
質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めない
と解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が
共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違
部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られな
い特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,その
ことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。
§13.新たな開発の方向付けのための調査
発明を生み出す前に、先行技術調査を行うこともあります。そもそも、どのような分野
を新たな開発の対象に定めて、発明を生み出す活動を進めるのか、という方向付けのた
めに行う調査です。発明を生み出すのに、このように、より系統的に知財活動を行うと
いう仕方も知られています。新規事業を成功に導く上で手堅い手法であって、発明創造
活動の本道と言うべきものかもしれません。弊所では未経験ですが、挑戦したい分野で
す。
この目的のためには、パテントマップの作成が有効であると言われています。例えば、
あるテーマ内の文献、あるいはテーマ内のあるFIの範囲の文献を検索して、それらをF
タームに基づいて仕分けることにより、どのような技術に集中がみられるか、あるいは
手薄であるか、更に時間軸上に並べてその変化を見ることにより、各技術が開発のどの
段階に現在あるのか、を視覚的に捕らえることが可能となります。企業別の動向を見る
こともできます。
既に文献集団に付与された分類記号を用いるものであることから、パテントマップ作成
ツールを用いれば、分析は短時間で行うことが可能となります。しかし、文献が空白の
技術にはFタームは付与されないでしょうから、真に手つかずの技術の存在について、
知見を得ることはできないという宿命を、受け入れざるを得ないことになります。
大手企業では1990年より前から、自社独自の分類記号(社内分類)を使って文献を分類
する、ということが行われています[パテントマップ研究会編「パテントマップと情報
戦略」発明協会(昭和63年;1988年)p.104- 111ご参照]。このような手法を使うなら
ば、自社で開発したい技術が、先人未踏の分野であるか否かも、明らかにできることで
しょう。
但し、独自の分類記号を文献ごとに付与する作業は、多大な労力・時間を要するはずで、
中小企業にはまず実行不能でしょう。大手企業でも、このような大規模な知財活動は、
大きなプロジェクトを立ち上げるときなど、限られたときにしか行われない、と聞いて
おります。
開発を進めたい分野の様々な技術のうち、Fタームが既に付与されているものは、Fタ
ームを用いて文献の仕分けを行い、Fタームから外れた技術の数が限られているのであ
れば、それらの技術の各々については、通常の先行技術調査と同じ手法で絞り込みを行
って、先行技術を探し出すようにすれば、さして多大な負荷を掛けることなく、目的と
する技術分野の開発動向について、空白であるか否かを含めて、把握することが可能と
なるのではないか、と考えます。中小企業でも可能な範囲ではないでしょうか..
人工知能の利用によって、「自社分類」を文献毎に付与する作業が、自動で行い得るよ
うになれば、「自社分類」に基づくパテントマップの作成が、短時間で楽に仕上がるこ
とになるでしょう。そのような時代が、間もなくやって来そうな気が致します。
§14.特許? 実用新案? ノウハウ秘匿?..
生み出された発明を、技術的側面に着目して保護する手立てとしては、先ず特許取得を
想定するのが通例でしょう。特許庁による審査が行われた上で、特許権が付与されます
ので、比較的安定した権利を保有することができます。権利には権威が付随することに
もなります。しかし場合によっては、無審査で登録を受けられる実用新案、あるいは、
ノウハウとして秘匿する、といった選択肢もあり得ます。出願前によく検討なさる必要
があります。それぞれの得失・注意事項については、弊所ウェブページ「中小企業さん
の知財戦略のご参考に」(11MB PDF) p.17-19, 44- 48をご参照下さい。
§15.発明者と出願人の決め方 (2025年6月追記)
(1)発明者とは?..
発明者の認定の仕方については、特許庁ウェブページ「日本における発明者の決定」に
明快に述べられています。吉藤幸朔・熊谷健一補訂「特許法概説・第11版」有斐閣
1996年p.140にも、ほぼ同じ内容が記載されています。
発明者とは、発明の創作行為に現実に加担した者だけを指し、単なる補助者、助言者、
資金の提供者あるいは単に命令を下した者は、発明者とはならない、と解されています。
発明者ではない例として、以下が挙げられています。
例1) 部下の研究者に対して一般的管理をした者、たとえば、具体的着想を示さず単
に通常のテーマを与えた者又は発明の過程において単に一般的な助言・指導を
与えた者(単なる管理者)
例2) 研究者の指示に従い、単にデータをまとめた者又は実験を行った者(単なる補
助者)
例3) 発明者に資金を提供したり、設備利用の便宜を与えることにより、発明の完成
を援助した者又は委託した者(単なる後援者・委託者)
共同でなされる発明(共同発明)については、発明の成立過程を、着想の提供(課題の
提供又は課題解決の方向づけ)と着想の具体化の2 段階に分けることが便利なことが多
い[上記「特許法概説・第 11 版」p.140ご参照]として、各段階について次のように、
実質上の協力者であるか否かを判断するものとされています。
例4) 提供した着想が新しい場合は、着想(提供)者は発明者である。ただし、着想
者が着想を具体化することなく、そのままこれを公表した場合は、その後、別人がこれ
を具体化して発明を完成させたとしても、着想者は共同発明者となることはできない。
両者間には、一体的・連続的な協力関係がないからである。したがって、この場合は、
公知の着想を具体化して発明を完成させた者のみが発明者である
例5) 新着想を具体化した者は、その具体化が当業者にとって自明程度のことに属し
ない限り共同発明者である。
例えば、部長さんが部下の開発者に、単に通常のテーマを与えただけであれば、「単な
る管理者」にとどまり、発明者(共同発明者)には該当せず、発明の課題として新しい
着想を提供したのであれば、発明者(共同発明者)に該当する、ということになるでし
ょう。
このことは、発明の課題自体が斬新であれば、進歩性を肯定する根拠ともなり得ること
を示した[特許実用新案審査基準(2020.12) 第 III 部 第 2 章 第 2 節」進歩性p. 14]
の『請求項に係る発明の課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものであ
ることは、進歩性が肯定される方向に働く一事情になり得る。』という記述とも整合す
るものと、見ることもできます。
要は、発明完成に至るどの段階であれ、完成した発明に結びつく新たな着想として、社
外に知られないように秘密にしておくべき技術的事項を提供した人は、発明者(共同発
明者)であり、そうでない人は、たとえ同じ開発グループのメンバーであっても、監督
する上司であっても、発明者(共同発明者)に値しない、と理解しておくと良いのでは
と思われます。
発明者は正しく認定して、特許出願に正しく記載することが望まれます。なお、当然の
ことですが、発明は人間の行為ですので、発明者には人間(自然人)しかなれず、会社
などの法人は、発明者になることができません。
(2)発明者でない人を発明者として記載したら?..
真の発明者ではない人を、発明者として記載して特許出願した場合には、どうなるので
しょう?...
発明者は、発明をすることにより、特許を受けることができる、と特許法上規定されて
います(特許法29条1項)。すなわち発明者は、特許法の他の条項で「特許を受ける権
利」と呼ばれる権利を、発明により取得することが、明らかにされています。「特許を
受ける権利」は、他者に移転(例えば譲渡)することが認められています(特許法33条
1項)。「特許を受ける権利」は、財産権の一種と解されています。
「出願人」として特許出願ができるのは、「特許を受ける権利」を有している者に限ら
れます。「発明者」とは異なり、自然人だけでなく会社などの法人も、「特許を受ける
権利」を承継することができ、「出願人」となることができます。「出願人」は、出願
が特許されると「特許権者」となります。
真の発明者ではなく、しかも「特許を受ける権利」を承継していない(例えば譲受して
いない)者がした出願(「冒認出願」と呼ばれます)は、特許審査により出願拒絶の対
象になります(特許法49 条6 号)。また、冒認出願が誤って特許された場合には、特許
を無効にすることができます(特許法123 条1 項6 号)。
発明が複数の発明者の共同でなされている場合には、「特許を受ける権利」は共同発明
者の共有となります。「特許を受ける権利」が共有されている場合には、特許出願は、
共有者全員が共同してしなければならない(実務上「共同出願」と呼ばれます)ことと
されています(特許法38条)。違反があれば、冒認出願と同様に、出願拒絶の対象(特
許法49 条2 号)、特許無効の対象(特許法123 条1 項2 号)となります。
このように、「特許を受ける権利」を有する者(全員)による正当な出願ではない場合
には、出願が拒絶されたり、特許後に無効にされたりする理由となります。他人の発明
を本人の承諾無しに自身を出願人として出願すると、誰を発明者として記載しようと、
不当な出願として、拒絶・無効の対象とされます。従って、真の発明者は誰であるかは、
きちんと把握して、不当な出願をすることのないよう、注意を要します。
それでは、次のような、ありそうなケースではどうでしょう...
(1)上司あるいは社長が「単なる管理者」に過ぎない場合に、発明者に加えた場合、
(2)出願発明に新たな着想としての貢献はなくとも、同じ開発メンバーとして大変な
努力をして実験を遂行してくれた人を、感謝の意を込めて発明者に含めた場合、
(3)個人発明家さんが、永年苦労を共にしてきた良き理解者の奥様に、発明者の名を
プレゼントとして譲った場合、あるいは発明者に加えた場合、
..出願人・発明者にはどのような不利益があり得るでしょうか...
真の発明者ではない人を発明者に加えたとしても、会社が発明者(又は共同発明者全員)
から「特許を受ける権利」の譲渡を受けて、会社が出願人となって特許出願をした場合
には、冒認出願にも、共同出願違反にも該当しません。従って、特許出願は、それらを
理由として出願拒絶・特許無効の対象とされることにはなりません。出願人である会社
は、格別な不利益を被らないと言えます。個人発明家さんが、ご家族を発明者に加えて、
ご自身を出願人として特許出願をした場合も同様です。発明者として記載された人にも、
格別な不利益は想定されません。
このように、正当な者による出願がなされている限り、出願人・特許権者・発明者に不
利益は想定されないと言えます。しかし、発明者の認定は正しく行い、正しく記載して
おくことが、何であれトラブルの種を残さないという意味で、推奨されるべきであろう
と考えます。
発明が、会社等の職務としてなされた「職務発明」である場合には、誰を発明者とする
かは、職務発明の対価の配分に関わりますので、冒認出願・共同出願違反に該当しない
場合であっても、発明者の認定は慎重に行わざるを得ない事情がある、と言えます。
また、日本出願を基礎に米国出願をすることが予定されているのであれば、発明者の記
載は正しく行うことが格別に望まれます。米国では、発明者を偽って特許を取得すると、
権利行使ができなくなる場合があるからです[弊所ウェブページ
「米国出願に準備すべき書類〜直ぐに役立つ米国出願への対処法〜」IV. その他の米国
出願特有の留意点 1.」ご参照]。
発明者の記載の補正は、なかなか大変です。発明者の表示を補正しようとするときは、
出願の係属中に、(1) 正しい願書、(2) 譲渡証、(3) 前後の発明者相互の宣誓書、
(4) 補正の理由を詳細に記載した書面(理由書)、(5) 発明に至るまでの経過を記載し
た書面、を提出することが求められます[上記「特許法概説・第 11 版」p.140ご参照]。
また、特許登録後の発明者の訂正は、できないことになっています[特許庁電話問合せ
による]。
このような事情からも、発明者の認定は正しく行っておくことが望まれます。発明者の
認定を正しく行うことは、上記の通り、冒認出願・共同出願違反という違法な出願を、
意図せずに行ってしまうことを未然に防ぐ意味でも、大切なことと言えます。
(3)「出願人」とは?..
特許出願の願書に「出願人」として記載された者が、「特許を受ける権利を有する者」
と推定され特許庁の手続が進行し、出願が特許(特許権設定登録)されれば「特許権者」
の地位が付与されます。特許権者は、特許された発明を事業として実施(発明機器の製
造・販売、発明方法の使用など)する権利を、独占できることになります。出願人が誰
であるかは、将来の特許権者が誰であるかに直結することから、出願に際して判断すべ
き、最も重要な事項であるとも言えます。
中小企業さんの場合、社長様ご自身の発明について、会社を出願人にするのではなく、
社長様個人を出願人として、特許出願を希望なさるケースが時折あります。どちらが良
いのか、あるいは、どちらにすべきなのか?...質問を受けることがあります。
まず、「特許を受ける権利」がどちらにあるのかが問題となります。社長様ご自身の発
明であれば、「特許を受ける権利」は社長様に帰属する、というのが原則です。そうで
あれば、社長様がご自身を出願人として出願しようと、「特許を受ける権利」を会社に
譲渡して、会社を出願人として出願しようと、選択自由と言えます。但し、有償で譲渡
する場合には、利益相反行為に該当しますので、取締役会の承認を要することになりま
す(特許庁は、出願前の譲渡については、証明書の提出を通常は求めていません)。
社長様の発明が、会社の職務としてなされた「職務発明」であって、職務発明の扱いに
ついて、社内に規定・契約がある場合には、これに従うことを要します。特許法は、職
務発明については、発明者である従業者が使用者に、あらかじめ「特許を受ける権利」
を承継又は取得させる規定・契約を定めることを認めています(特許法35条2項の反対解
釈;「取得」は「承継」をも含む概念と解されています(特許法99条))。会社の社長
(取締役)といえども、特許法上は、「使用者」である会社(法人)の「従業者」に該
当します。このような規定・契約があれば、「特許を受ける権利」は、発明の完成とと
もに会社が所有することになります。従って、出願は会社名ですることになります。
取締役個人・法人のいずれをも出願人として選択できる場合であっても、法人を出願人
とする方が、出願・特許の公報に接した他者に対して、出願・特許に重みが増すととも
に、会社の評価をも高めるという意味で、利益があるのではないでしょうか。また、特
許権は出願日の20年後(医薬品では最長25年後)まで存続させることができます。その
間に、特許権者である社長様にご不幸があった場合には、特許権の相続の手続を要しま
す。戸籍謄本・遺産分割協議書(相続人全員の実印・印鑑登録証明書を要する)等とと
もに、「相続による特許権移転登録申請書」を、特許庁に提出する必要があります。存
続する会社が特許権者であれば、煩雑な承継の手続は不要となる意味でも、利点がある
と言えます。
更に近年では、特許出願の審査請求料・特許登録料・特許年金(第10年分まで)・国際
出願(PCT出願)の出願料について、中小企業・中小個人事業主は1/2、小規模企業・
小規模個人事業主は1/3への軽減措置を受けることができます(弊所ウェブサイト第1
ページ「お知らせ」中段ご参照)。これらの軽減措置は、出願人・特許権者が、登記さ
れている企業(法人)であるか、税務署に届出している個人事業主であることが条件と
なります。個人の出願人・特許権者は、個人事業主でなければ、所得税非課税・市町村
民税非課税・又は生活保護の対象者でない限り、減免措置を受けることはできません。
この意味で、取締役が会社経営とは別に個人事業を行ってはおらず、非課税等の対象者
でもなければ、法人を出願人として選択することは、コスト節減の面でより現実的な意
義を持つと言えるでしょう。(この段2026年1月追記)
(4)「住所又は居所」の記載は?..
特許出願の出願人が会社などの法人の場合、その住所は本店(例えば本社)の住所でな
くてはなりません(特許庁への電話問合せによる)。特許庁ウェブサイト「出願の手続」
(第二章 特許出願の手続/第一節 願書の作成方法)にも、法人の住所は登記簿に記
載される本店住所を記載するものと、記載されています。
代表者は、登記簿に記載される代表者でなくてはならず、印鑑は、法人を代表する印鑑
として商取引に使用されている 代表者印でなくてはならない、というのが特許庁の見解
です(同電話問合せによる)。なお、2020年12月28日以降に特許庁に提出する書面につ
いては、偽造による被害が大きい手続(出願人名義変更届に添付する譲渡証書など)を
除いて、押印は不要となっており、特許出願(願書)への押印は現在では不要です。
発明者の住所・居所については、本店以外の出張所などの居所であっても、
【住所又は居所】 ○○県○○市○○町○○丁目○○番○○号 △△工業株式会社内
【氏名】 発明 志太郎
と記載するのは、支障ありません(同電話問合せによる)。
§16.職務発明の扱い (2026年1月追記)
(1)「職務発明」のことも..
特許庁に毎年30万件ほども提出される特許出願(外国からの出願を含む)のうち、大多
数(98%)が法人によるもので、個人の出願は僅か(1.6%)となっています
[特許行政年次報告書2025年版の2024年統計ご参照]。法人出願のうち殆どは、会社等
の職務としてなされた発明(「職務発明」と呼ばれます)についての出願であろうと思
われます。このように「職務発明」は、特別のものではなく、むしろ発明の代表形態と
もいえる一般的なものです。このため中小企業さんでも、職務発明の扱いについては、
理解しておくことが大切と言えます。
(2)「職務発明」とは?..
「職務発明」については、「その性質上」「使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発
明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する
発明(以下「職務発明」という。)」と規定されています(特許法35条1項)。「使用者
等」とは、会社(法人)、個人事業主、国、地方公共団体などを含み、「従業者等」と
は、従業者のほか、法人の役員(取締役など)、公務員などを含んでいます。
簡潔に言えば「職務発明」とは、従業者等が使用者等の要求に応じて使用者等の業務の
一部の遂行を担当する責務(すなわち「職務」)の範囲で成した発明のことと解されま
す。このことから「職務発明」は、「業務発明」(従業者等がなした発明のうち、使用
者等の業務範囲に属する発明)に含まれる概念、ということができます。[発明協会研
究所編「職務発明ハンドブック」発明協会(2000年)初版p.9ご参照]。
「業務範囲」については、会社の例では、定款に定められた企業の目的が、重要なポイ
ントとされています。また、会社の過去・現在の業務活動、及び将来意図している業務
計画についても、業務範囲に属すると考えられています。例えば、鉄鋼製品の製造販売
を業務目的として定款に記載している場合であっても、将来半導体関連あるいはバイオ
技術関連に業務を拡大していく意図で、これらについて研究開発を行っているような場
合、このような企業活動も当然業務範囲に属すると解されています。[同「職務発明ハ
ンドブック」p.8ご参照]。
定款には「その他、これに付帯する事業」と追記されるのが通例ですが、これを広く解
するのが通説であって、本来の業務遂行上必要である限り、直接的であるか間接的であ
るかを問わず、技術的問題の解決を図ることは、「付帯する事業」に該当するものと解
されています。[吉藤幸朔著・熊谷健一補訂「特許法概説・第 11 版」有斐閣1996年
p.169-170ご参照]
「職務に属する発明」については、会社の組織上の区分と、地位(ポスト)が重要なポ
イントとされ、「職務に従事せよ」といった命令を要するものではなく、発明をなし得
る可能性をもつ職務上の地位をも指すと解されています。[同「職務発明ハンドブック」
p.9ご参照]。
より具体的には、「職務に属する発明」とは、必ずしも発明をすることを職務とする場
合に限らないが、自動車の運転手が自動車の部品について発明したような場合まで含め
る趣旨ではなく、ここにいう「職務」とは、ある程度発明活動に関連をもった職務に限
られる、と解されています。[特許庁編「工業所有権法逐条解説」(発明協会)特許法
35条1項の解説ご参照]
「過去の職務」については、過去に勤務していた職場の職務経験に基づいた発明を現在
完成させた場合に、同じ会社に現在も勤務している場合には、その発明は、特許法の規
定から職務発明となります。退職後に完成させた発明が、過去の職務に属する場合には、
特許法上明文の規定はありませんが、職務発明には該当しないと解されています。[同
「職務発明ハンドブック」p.13ご参照]。
言い換えると、職務発明は同一企業内の場合に限られ、甲会社の時代の職務上の経験に
もとづいて、乙会社へ転勤後に発明したとしても、それは「その使用者等における」と
いうことにならないので、職務発明には該当しない、と解されています。[特許庁編
「工業所有権法逐条解説」(発明協会)特許法35条1項の解説ご参照]
在職中に完成させた発明を秘匿し、退職後に出願するという事態を予防するために、
(1)従業者の研究過程を研究記録書に記録させ、発明の過程を把握しておくこと、
(2)在職中に完成させた発明であって退職後に出願したものの、特許を受ける権利及
び特許権を、会社に返還させる内容の条項を「職務発明規定」の中に盛り込んでおくこ
と、が推奨されています。[同「職務発明ハンドブック」p.13ご参照]。
なお、従業者が成した発明であっても、会社の業務範囲に属さない発明、すなわち「業
務発明」ではない発明は、「自由発明」と呼ばれています。[同「職務発明ハンドブッ
ク」p.8ご参照]。「職務発明」は「業務発明」に含まれ、「自由発明」は、「職務発
明」でないだけでなく、「業務発明」でもない発明形態と言えます。「職務発明」とは
異なり、「業務発明」・「自由発明」は、特許法に規定された名称ではなく、実務上の
名称です。
(3)職務発明についての法定通常実施権
会社(商店などの個人事業主でも同様)の従業者が完成した発明であっても、特許を受
ける権利は、会社に帰属するのではなく、発明を完成した従業者に帰属するというのが、
原則です(特許法35条2,3,4項の前提)。但し、従業者が完成した発明が職務発明に
該当する場合には、この発明が従業者の手で特許出願され、特許が付与された場合でも、
会社はその特許発明を実施(発明機器の製造・販売、発明方法の使用など)することが
できます(特許法35条1項)。
このように会社は、特許された職務発明について、法律で保障された通常実施権(実務
上「法定通常実施権」と呼ばれます)を持つこととなります。職務発明の完成には、会
社も直接間接に貢献していることを参酌して、従業者との間の衡平の観点から定められ
たものです[特許庁編「工業所有権法逐条解説」(発明協会)特許法35条1項の解説ご
参照]。
この実施権は、従業者との事前の取り決めを要せずに、法律上当然に生じるものです。
この実施権については対価の支払も無用で、会社は特許された職務発明を、無償で実施
することができます(特許法35条4項の反対解釈)。但し、会社が法律により自動取得
するのは、「通常実施権」ですので、他社の模倣を排して自社のみが実施できる排他的
な権利ではありません。
したがって、他社の模倣行為について、これを阻止(差止請求)したり、損害の賠償を
求めたり(損害賠償請求)することはできません(そもそも「損害」が想定されませ
ん)。また、他社に実施権を再設定(サブライセンス)する権利も、与えられてはいま
せん(特許法78条1,2項)。
職務発明を完成した従業者が、発明完成後に退職し、その後に元従業者が特許を取得し
た場合でも、特許された職務発明を、会社は無償で実施することが可能です。職務発明
を完成した従業者が、他社に特許を受ける権利を譲渡したり、特許付与後に特許権を他
社に譲渡した場合でも、同様に会社は、特許された職務発明を無償で実施することがで
きます。このように、自社で生まれた職務発明である限り、その特許権が誰の手に渡ろ
うと、特許された職務発明を、会社は断り無しに無償で実施することが許されます。
(4)職務発明について特許を受ける権利の承継・取得
それでは会社は、特許を受けた職務発明を無償で実施できるだけで、職務発明について
特許出願をし、特許権者になることはできないのでしょうか?..会社としては、自身
も貢献している職務発明について、単に実施できるだけでなく、会社のものとして特許
権を取得したいと願うケースが多いものと思われます。特許権を取得すれば、自社のみ
が独占的に実施することができ、必要に応じて、他社にライセンスをして収益の途を広
げることもできます。会社が職務発明を奨励するのは、このような目的のためであるこ
とが、むしろ本来でしょうし、会社の発展のためにも望ましいことと言えます。
職務発明ではなく、会社の業務範囲外の自由発明(例えば、建設会社の従業者がした文
具の発明)であっても、発明者である従業者と交渉して、合意が成立すれば、従業者の
発明について特許を受ける権利を譲り受けることは、当然に可能です。通常は有償の譲
渡となるでしょう。自由発明ですら、契約自由の原則(民法521条)に基づいて会社が
取得することができる訳ですから、職務発明についても同様に取得可能です。
但し、従業者が完成した発明について、特許を受ける権利を会社に承継・取得させるこ
とを、規則・契約等により、あらかじめ定めること(実務上「予約承継」・「予約取得」
と呼ばれます)は、職務発明についてのみ許され(特許法35条2項の反対解釈)、職務
発明ではない発明(例えば自由発明)については許されず、そのような定めは無効とさ
れます(特許法35条2項)。発明前における契約は従業者に不利なものになりがちである
ことから、従業者を保護し、ひいては発明意欲を増進させる、という趣旨によるもので
す[特許庁編「工業所有権法逐条解説」(発明協会)特許法35条2項の解説ご参照]。
(5)予約承継・予約取得の扱い.
従業者が完成した職務発明について、特許を受ける権利を会社に取得させることを、規
則・契約等により、あらかじめ定めたときには、その特許を受ける権利は、その発生し
たときから会社に帰属することになります(特許法35条3項)。すなわち、職務発明が
完成することにより特許を受ける権利が発生すると、発生した権利は、発明を完成させ
た従業者に一旦帰属する瞬間を経ることなく、発生した当初から会社に帰属する(実務
上「原始的に帰属する」と表現されます)こととなります。
「原始的に帰属する」という内容の規定は、平成27年改正特許法(2016年4月1日施行)
により導入されたもので、2016年4月1日以降に完成した職務発明が適用対象となります。
2016年4月1日より前に完成した職務発明については、予約承継の定めがあっても、「原
始的に帰属する」ことにはならず、職務発明が完成することにより発生した特許を受け
る権利は、理論上、発明を完成させた従業者にまず帰属し、瞬時に会社に移転すること
となります。
このため、完成した職務発明が複数の発明者による共同発明である場合には、予約承継
の定めがあっても、特許を受ける権利の各共同発明者の持分を会社に承継させることに
ついて、他の共同発明者の同意を要していました(特許法33条3項)。このような持分
が、各共同発明者に帰属する瞬間が存在するからです。改正法により、2016年4月1日以
降に完成した職務発明については、予約承継・取得の定めがあれば、特許を受ける権利
が共同発明者に帰属する瞬間が存在しないため、このような煩わしい手続は不要となり
ました。
また、完成した職務発明について特許を受け受ける権利を、発明者が他社に譲渡し、譲
渡を受けた他社が、先に特許出願した場合には、他社は正当な承継人であることを、予
約により本来承継すべき会社に主張でき(第三者に対抗可:特許法34条1項の反対解釈)、
本来承継すべき会社の承継は無効とされることとなっていました。改正法により、2016
年4月1日以降に完成した職務発明については、予約承継・取得の定めがあれば、特許を
受ける権利が発明者に帰属する瞬間が存在しないため、出願の先後を問わず、他社の承
継は無効となり、このような二重譲渡により会社が被る思わぬ不利益は、予防されるこ
ととなりました。
「取得」は「承継」を含む概念と解されています[特許法99条;特許庁総務部総務課制
度審議室編「平成27年特許法等の一部改正・産業財産権法の解説」(発明推進協会)
p14ご参照]。このため予約承継を定めた規則・契約等に、「取得」ではなく「承継」
の語句を用いた場合であっても、2016年4月1日以降に完成した職務発明については、特
許を受ける権利が会社に「原始的に帰属する」こととなります。
[以上、弊所ウェブサイト「講演と資料」:日韓弁理士交流会「この一年の日本特許法
等の改正(平成27年改正法)」(講演者福本:2016年12月9日弁理士会館(東
京))ご参照]
(6)従業者への代償
予約承継・予約取得による発明完成と同時の承継・取得であれ、発明完成後の契約等の
合意による承継・取得であれ、職務発明について特許を受ける権利を会社に承継・取得
させた従業者は、相当の金銭その他の経済上の利益(法上「相当の利益」とも略称され
ます)を受ける権利を有することになります(特許法35条4項)。すなわち職務発明を
完成させた従業者は、その特許を受ける権利を会社のものとしたことへの代償として、
会社に対する相当利益請求権を持つことが、法上に規定されています[同上「職務発明
ハンドブック」p.18-19ご参照:当時の「相当の対価の支払」についての記述]。
職務発明ではない自由発明等について、その特許を受ける権利を会社に承継させた従業
者が、会社に対する相当利益請求権を持つことは、特許法35条4項の規定を待つまでも
なく当然です[特許庁編「工業所有権法逐条解説」(発明協会)特許法35条4項の解説
ご参照]。
「経済上の利益」は、金銭に限られず、留学の機会の付与、ストックオプションの付与
なども含まれます。但し、経済的価値を有しないもの、例えば名誉を表するだけの「表
彰状」の授与などは、含まれません。[同上「平成27年特許法等の一部改正・産業財産
権法の解説」p.16ご参照]
「相当の経済上の利益を受ける権利」が規定されたのは、平成27年改正特許法(2016年
4月1日施行)によるものです。同改正特許法により、従業者が代償として取得する請求
権について、従来の「相当の代価の支払を受ける権利」から、「相当の経済上の利益を
受ける権利」へ、改められました。すなわち、もっぱら金銭の支払から、金銭に限らな
い経済上の利益へ、請求権の対象について選択の幅が広げられています。特許を受ける
権利が2016年4月1日より前に会社に取得された場合には、改正前の「相当の代価の支払」
が適用され、2016年4月1日以降に取得された場合には、改正後の「相当の経済上の利益」
が適用されます。
(7)「相当の経済上の利益」の内容の決め方
それでは、「相当の経済上の利益」の内容は、どのようにして定められるのでしょうか
...特許法35条5項には、つぎのように規定されています。
「5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当
の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われ
る協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行
われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の
利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。」
すなわち、職務発明の発明者である従業者に付与される「相当の経済上の利益」は、規
則・契約等により、定めることができることが明らかにされています。定めにしたがっ
て付与することが、不合理と認められる場合でない限り、定めによる経済上の利益を発
明者である従業者に付与することにより、会社等(個人事業主を含む)は、免責される
ことになります。[特許庁編「工業所有権法逐条解説」(発明協会)特許法35条5項の
解説ご参照]。
不合理か否か..どうやって判断するのでしょうか?...
それには、上記条文に例示(あくまで例示)される、次の(1)〜(3)が適正か否かを
検討するのが有益であると言えます(これが唯一の方法ではありません)。
(i) 基準を策定するための基準案について行われる、会社等と従業者との間の協議
の状況
(ii) 協議を経て策定された基準の開示の状況
(iii) 決定される「相当の経済上の利益」についての従業者の意見の聴取の状況
要は、(i)基準策定のための事前協議が十分に行われ、(ii)策定された基準が従業
者にきちんと開示され、(iii)策定された基準に従って、個別に(発明毎、付与の時
期毎など)「相当の経済上の利益」を決定する度に、従業者の意見を十分に聴いている
か、
を検討するのが良いと言えます。
これらの手続が適正であると認められる限りは、会社等と従業者とがあらかじめ定めた
契約・規則等が尊重され、不合理性は原則として否定されることになります[同上「平
成27年特許法等の一部改正・産業財産権法の解説」p.17-18ご参照]。
それでは、手続(i)〜(iii)が適切か否かは、どうやって判断すると良いのでしょう
か?..
これらの手続の状況の判断の在り方について、具体的に明示することにより、不合理性
に関する法的予見性を向上させる目的で、経済産業大臣の指針(ガイドライン)が公表
されています(特許法35条6項)。
《参考》
(1)特許法第35条第6項の指針(ガイドライン)(PDF:188KB)
(2)平成27年改正特許法 職務発明ガイドライン案説明会資料(PDF:393KB)
こちら(2)の方が読み易く、しかもガイドラインの内容は、ほぼ尽くされており、お薦
めです。
ガイドラインの要点を挙げると...
<協議>
・協議の程度は、話合いの結果、合意をすることまで求められてはいない。
・協議の状況としては、実質的に協議を尽くすことが望ましい。
・協議の方法として、中小企業では、従業者等の代表者を選任してその代表者と協議す
る方法ではなく、従業者等を集めて説明会を開催する方法によることが考えられる。
<開示>
・開示の程度は、相当の利益の内容、付与条件その他相当の利益の内容を決定するため
の事項が具体的に開示されている必要がある。
・開示の方法として、中小企業では、例えば、イントラネットではなく、従業者等の見
やすい場所に書面で掲示する方法によることが考えられる。
<意見の聴取>
・意見の聴取の程度は、従業者等からの意見に対して使用者等は真摯に対応する必要が
ある。
・しかし、相当の利益の内容の決定について合意がなされることまで求められてはいな
い。
・意見の聴取の方法として、中小企業では、発明者である従業者等から聴取した意見に
ついて審査を行う社内の異議申立制度が整備されていなくとも、発明者である従業者等
から意見を聴取した結果、使用者等と当該従業者等との間で相当の利益の内容の決定に
ついて見解の相違が生じた場合は、使用者等が個別に対応する方法によることが考えら
れる。
<新入社員に対する手続>
・新入社員に対して、話合いを行うことなく策定済みの基準を適用する場合には、当該
新入社員との関係では協議が行われていないと評価される。
・新入社員との間で使用者等が、既に策定されている基準に関する話合いを行った場合
には、当該新入社員との協議の状況については、不合理性を否定する方向に働く(要
約)。
<派遣労働者に対する手続>
・派遣労働者については、職務発明の取扱いを明確化する観点から、派遣元企業、派遣
先企業、派遣労働者といった関係当事者間で職務発明の取扱いについて契約等の取決め
を定めておくことが望ましい。
(8)「不合理」と認められると、どうなる?..
定めたところにより「相当の経済上の利益」を付与することが不合理であると認められ
る場合には、「相当の経済上の利益」の内容は、「その発明により使用者等が受けるべ
き利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他
の事情を考慮して定めなければならない。」とされています(特許法35条7項)。また、
そもそも「相当の経済上の利益」についての定めがない場合も同様です(特許法35条7
項)。
特許を受ける権利が、平成27年改正特許法施行日(2016年4月1日)より前に会社等に承
継された職務発明については、「相当の経済上の利益」に替えて、改正前の「相当の対
価の支払」について、同様に規定されています(平成16年改正特許法35条5項)。
更に、平成16年改正特許法施行日(平成17年4月1日)より前に特許を受ける権利の承継
がなされた職務発明については、平成16年改正特許法の適用もなく、定めがあろうと無
かろうと、定めにしたがって付与することが、合理的であろうとなかろうと、無関係に、
「対価の額」は「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がなされ
るについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定されて
います(平成16年改正前の昭和34年特許法35条4条)。
現在までに、職務発明の対価の額を巡る訴訟は少なくありませんが、その多くは、平成
16年改正前の特許法(昭和34年特許法)が適用される事案となっています。《参考1》
に記す通り、令和の時代においても、なお平成16年改正前の特許法が適用される事案が
多くみられます。
平成16年改正前の特許法(昭和34年特許法)が適用される事案について言えば、支払う
べき「対価の額」は、特許法の規定により、次の計算式で表すことができます。
(対価の額)=(使用者等が受けるべき利益)x(1−使用者等が貢献した程度)
使用者等は、特許された職務発明を、法定通常実施権により無償で実施できることから、
「使用者等が受けるべき利益」は、使用者等が独占的地位を得たことによって得られる
利益(独占の利益)を算定すべき、というのが裁判例となっています。
この考えに基づいて多くの裁判例では、支払うべき「対価の額」は、次のように算出さ
れます。
(i)使用者等が特許された職務発明を、他者に実施許諾して実施料を得た場合には、
(対価の額)=(実施料)x(1−使用者等が貢献した程度)
すなわち、実施料収入が「独占の利益」であると判断されています。
(ii)使用者等が特許された職務発明を、他者に実施許諾せず自ら実施した場合には、
(対価の額)=(売上高)x(独占的地位に起因する割合)x(仮想実施料率)
x(1−使用者等が貢献した程度)
「売上高」のうち、独占的地位に起因する部分(超過売上高)は、発明者が使用
者等に特許を受ける権利を取得させることなく、自ら特許を受け、特許発明を他社に実
施許諾し、自身が所属する会社は排他権の無い法定通常実施権に基づき実施した場合に、
他社が上げる「売上高」に相当するであろう、少なくともそれを下回ることはないだろ
う、という判断に基づくものです。「独占的地位に起因する割合」とは、「売上高」に
対する「超過売上高」の割合です。
《参考2》に例示する通り、(i)(ii)の考え方は、令和の時代の知財高裁の判決にも見
られます。
各比率の大きさについては、裁判例では個別の事案毎に判断されますが、
「独占的地位に起因する割合」については、50%、
「仮想実施料率」については、2〜3%、
「使用者等が貢献した程度」については、95%、(従業者等が貢献した程度について
5%、と同じ)を認定する裁判例が多く見られます。《参考1》に記す通り、令和の時
代においても、同様の傾向がみられます。
また、職務発明が複数発明者による共同発明の場合には、共同発明者の一人毎に、共同
発明者全体に対する貢献の度合いを加味して計算されます。
《例》
4人の従業者が共同で完成した職務発明の特許を受ける権利が会社に承継され、その特
許発明を会社が他社に実施許諾することなく自社で実施することにより、100億円の
売上高を得た場合、「仮想実施料率」を2%とし、4人の共同発明者の貢献度が均等で
あれば、1人の共同発明者が支払を受けるべき「対価の額」は、次の計算結果を目安と
することができます。
(対価の額)=100億円x0.5x0.02x0.05÷4=125万円
会社は4名の共同発明者に、合計500万円もの高額の対価を支払うことになります。平
成16年改正法又は平成27年改正法の適用を受ける職務発明についても、定めにした
がって付与することが、不合理と認められる場合、あるいは、そもそも定めが無い場合
には、同様の算定がなされることになります。
《参考1》 令和の裁判例に見る準拠法と各種の比率
・令和7年3月28日 大阪地方裁判所判決[令和4(ワ)11405]職務発明の譲渡対価請求事
件:
本件発明に関する対価の算定について、本件職務発明規程の適用を認めることはできず、
平成16年改正前特許法に基づき算定するのが相当である。
(計算式)
売上×0.5×(1−0.99)×0.059÷3 (註:3人の共同発明)
・令和5年8月29日 大阪地方裁判所判決[令和2(ワ)12107]職務発明対価相当請求事件:
(平成16年改正特許法適用)
超過売上高(超過売上率)は40%と認めるのが相当である。・・・本件における仮想
実施料率は5%と認めるのが相当である。・・・本件発明2の貢献度は、多くとも60
%と認めるのが相当である。・・・原告の共同発明者間における貢献割合は、20%と
認めるのが相当である。・・・使用者貢献度は90%を下ることはないと認めるべきで
ある。・・・本件発明2に係る相当の対価の額は、次の計算式により算出された388
万8000円となる。
【計算式】
162億円×40%×5%×60%×10%×20%
・令和5年1月23日 知的財産高等裁判所 1部 判決[令和4(ネ)10062] 職務発明の対価
請求控訴事件ほか[原審 大阪地方裁判所 平成29(ワ)7391]:
(平成16年改正前特許法・改正特許法適用)
超過売上高は上記売上高の0.5%、仮想実施料率は3.5%、1審被告の貢献割合は
95%、共同発明者間の1審原告の貢献割合は60%と認められる。
(「売上高の0.5%」は、原審の「超過売上の割合50%」に「対象特許発明の貢献割
合 1%」を、乗じた値と思われる。)
・令和4年5月30日 知的財産高等裁判所 2部 判決[令和3(ネ)10006] 職務発明対価請
求控訴事件[原審 東京地方裁判所 平成28(ワ)29490]:
(平成16年改正前特許法適用)
「一審被告の貢献度95%」と認定している。
・令和4年5月25日 知的財産高等裁判所 4部 判決[平成31(ネ)10027]職務発明対価支
払い請求控訴事件[原審 東京地方裁判所 平成27(ワ)11651]:
(平成16年改正前特許法適用)
本件ジョイントライセンスプログラムにおいて一審被告が得た独占の利益に関しての一
審被告の貢献度は95%、SCEライセンス契約において一審被告が得た独占の利益に
関しての一審被告の貢献度は97%とするのが相当である・・・
・令和4年3月24日 大阪地方裁判所判決[平成29(ワ)7391等]職務の発明の対価請求事
件:
(平成16年改正前特許法・改正特許法適用)
対象製品群2の国内実施分に係る●(省略)●、超過売上の割合50%、仮想実施料率
3.5%、対象特許発明の貢献割合 1%、被告の貢献割合 95%、共同発明者間における原告
の貢献割合 60%と認められる。
・令和2年8月26日 東京地方裁判所判決[平成28(ワ)29490]職務発明対価請求事件:
(平成16年改正前特許法適用;同事件番号・同日判決が、全10件あり。)
「被告の使用者としての貢献度95%」を認定している。
・令和2年6月30日 知的財産高等裁判所 3部 判決[平成30(ネ)10062]職務発明対価請
求控訴事件[原審 東京地方裁判所 平成27(ワ)1190]:
(平成16年改正前特許法適用)
超過売上げの割合は40%と認めるのが相当である。・・・
本件実施発明に係る各発明についてそれぞれ仮想実施料率を定め,その仮想実施料率を
いずれも0.3%と認めるのが相当である。・・・
本件発明について一審被告が貢献した程度を95%(発明者らの貢献度を5%)と評価
するのが相当である。・・・
各本件実施発明の共同発明者間における一審原告の貢献の程度は,共同発明者各自の貢
献の程度を均等として評価するのが相当である。
・令和2年3月30日 知的財産高等裁判所 4部 判決[令和1(ネ)10064]職務発明対価請求
控訴事件[原審 東京地方裁判所 平成29(ワ)14685]:
(平成16年改正前特許法適用)
1審被告の貢献度は,95%と認定するのが相当であるから,・・・
《参考2》 令和5年1月23日 知的財産高等裁判所 1部 判決[令和4(ネ)10062]
旧特許法35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益」は、使用者等が「受け
た利益」そのものではなく、「受けるべき利益」であるから、使用者等が職務発明につ
いての特許を受ける権利を承継した時に客観的に見込まれる利益をいうものと解される
ところ、使用者等は、特許を受ける権利を承継せずに、従業者等が特許を受けた場合で
あっても、その特許権について同条1項に基づく無償の通常実施権を有することに照ら
すと、「発明により使用者等が受けるべき利益」には、このような法定通常実施権を行
使し得ることにより受けられる利益は含まれず、使用者等が従業者等から特許を受ける
権利を承継し、当該発明の実施を排他的に独占し得る地位を取得することによって受け
ることが客観的に見込まれる利益、すなわち「独占の利益」をいうものと解される。ま
た、特許を受ける権利の承継の時点では、将来特許を受けることができるかどうか自体
が不確実であり、その発明により将来いかなる利益を得ることができるのかを具体的に
予測することは困難であることなどに照らすと、発明の実施又は実施許諾による使用者
等の利益の有無やその額など、特許を受ける権利の承継後の事情についても、その承継
の時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることができるものと
解される。
そして、使用者等が職務発明についての特許を受ける権利の承継後に第三者との間の
ライセンス契約に基づいて当該発明の実施を許諾し ている場合には、その実施料収入
が「独占の利益」に該当し、また、使用者等が、第三者に当該発明を実施許諾すること
なく、自ら実施(自己実施)している場合には、特許権が存在することにより、第三者
に当該発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が得ることができた利益、すなわち、
特許権に基づく第三者に対する禁止権の効果として、使用者等の自己実施による売上高
のうち、当該特許権を使用者等に承継させずに、自ら特許を受けた従業者等が第三者に
当該発明を実施許諾していたと想定した場合に予想される使用者等の売上高を超える分
(超過売上高)について得ることができたものと見込まれる利益(超過利益)が「独占
の利益」に該当するものというべきである。この「超過利益」の額は、従業者等が第三
者に当該発明の実施許諾をしていたと想定した場合に得られる実施料相当額を下回るも
のではないと考えられるので、「超過利益」を「超過売上高」に上記想定に係る実施料
率(仮想実施料率)を乗じて算定する方法にも合理性があるものと解される。
したがって、かかる「独占の利益」をもって、「その発明により使用者等が受けるべ
き利益」とし、これと1審被告の貢献の程度(「その発明がされるについて使用者等が
貢献した程度」)を考慮して相当の対価の額を認定することは許されるものと解される。
また、特許法35条3項及び5項に基づく相当の対価請求権、同項の「その発明により
使用者等が受けるべき利益」についても、上記説示したところと同様に解すべきである。
(9)「職務発明規定」のすすめ
以上のように、「相当の経済上の利益」の内容についての定めが無い場合、あるいはあ
っても、定めに基づいて「相当の経済上の利益」を付与することが不合理である場合に
は、発明者に付与すべき利益は、一般に高額となります。このため、会社さん・個人事
業主さんとしては、従業者に発明を奨励し、同時に思わぬ不利益を被ることのないよう
に、「職務発明規定」を策定するとともに、策定過程から策定後の手続について、ガイ
ドラインに沿った適正な手続を踏むことが望まれます。
中小企業さんの実情に沿った「職務発明規定」の例が、特許庁により提供されています
[中小企業向け職務発明規程ひな形 (PDF:78KB)]。
「職務発明規定」を作成するには、この例を参考になさると良いでしょう。個人事業主
さんも、会社(法人)ではないことを考慮した書き換えは必要でしょうが、参考になさ
る価値があるものと考えます。中小企業さん・個人事業主さん共に、自社・自身に適合
した内容に仕上げる上で、疑問点がお有りの際には、相談し易い最寄りの弁理士さんを、
お訪ねになると良いでしょう。
実用新案法・意匠法には、それぞれ「職務考案」・「職務創作意匠」について、特許法
の「職務発明」の規定(特許法35条)が準用されており、「職務発明」と同様の扱いと
されています。例示される「職務発明規定」には、「職務考案」・「職務創作意匠」に
ついても、本規定を準用するという簡潔な規定により、対応がなされています。
外国出願についても、同様の準用規定を設けることにより、対応することは可能であろ
うと考えます。外国出願について、我国の特許法等の規定が適用されるのか、について
は議論のあるところですが、適用した裁判例も見られます[特許庁総務部総務課制度改
正審議室編「平成16年特許法等の一部改正・産業財産権法の解説」(発明協会)p167−
168ご参照]。発明の奨励と、思わぬ不利益の予防のためには、外国出願についても、
国内出願と同様に対応することが望まれます。
法律論を言えば上記「(6)従業者への代償」の通り、職務発明を完成させた従業者が、
その特許を受ける権利を会社のものとしたことへの代償として受け取るのは、会社等に
対する相当利益請求権であって、発明者から請求があって初めて会社等は利益を付与す
る義務を負うことになります[同上「職務発明ハンドブック」p.18-19ご参照:当時の
「相当の対価の支払」についての記述]。発明者から請求がなければ、利益の付与がな
くても会社等は、法律に違反する訳ではないと言えます。
このような事情から、中小企業さん・個人事業主さんの中には、従業者の職務発明につ
いて、会社・個人事業主を出願人として特許出願をしつつも、「相当の対価」あるいは
「相当の経済上の利益」については知らないし、考えたこともない、それで問題なく過
ごしてきた、という方々も、少なくないという感想です。従業者である発明者さんにし
ても、そのような制度について知らない人も多いのでは..
また発明者さんの中には、知っていたとしても、会社は自分の名前を発明者として記載
して特許出願をしてくれて、出願の費用から特許を取るまでの費用を全部出して、自分
の発明を特許として世の中に公表してくれたのだから、特許が自分のものではないとは
いえ、十分に報いられていると感じて、敢えて「利益」の付与を求めようとは思わない
人も、少なくないのではないかとも思われます。これは、かつて小規模の会社に勤務し
ていたときの発明者としての実感でもあります。
しかし現代では、中小企業・個人事業主とともに従業者の環境も、より厳しくなってお
り、従業者、特に低年齢の方々の間では、仕事や会社等への考え方が、従前とは違って
きているとも聴きます。また、知っていても請求権を行使しない発明者は、会社・事業
主との力関係・人間関係を考慮して遠慮しているという、側面もあるでしょう。発明者
に請求権が法により与えられているのは、不均衡な力関係があるからこそです。
職務発明の対価・利益を巡る訴訟は、発明者と会社との関係が悪化したときに提起され
ています。裁判例によると、職務発明の対価・利益の請求権の消滅時効は、10年とされ
ています(《参考例》ご参照)。発明者は、退職後に過去の職務発明の対価・利益を請
求することも可能です。
会社が職務発明訴訟に巻き込まれるのは、一面では人事管理上の失敗ということもでき
るでしょうが、このような不測の不利益を回避するという消極的理由に加えて、発明を
奨励するという積極的理由からも、中小企業さん・個人事業主さんにおいても、「職務
発明規定」を整え、「ガイドライン」に例示される適性な手順を踏み、所定の内容の
「経済上の利益」を発明者に付与することが推奨されます。
なお、「職務発明規定」の例のように、「予約取得」の定めと、「相当の経済上の利益」
の定めとが、同一の規定の中に盛り込まれるのは、一般的であろうと思われます。この
ような場合であっても、「相当の経済上の利益」の定めにしたがって「相当の経済上の
利益」を発明者に付与することが不合理と判断されても、「予約取得」の定め、及びそ
れに基づく権利帰属の有効性まで否定される訳ではありません[特許庁総務部総務課制
度審議室編「平成27年特許法等の一部改正・産業財産権法の解説」(発明推進協会)
p.14−15ご参照]。
《参考》
・令和6年2月1日 知的財産高等裁判所 3部 判決[令和5(ネ)10069]職務発明対価請求
控訴事件[原審 東京地方裁判所 令和4(ワ)13408]
控訴人は、被控訴人を退職した後に被控訴人に対して内容証明郵便により本件各発明
に係る相当の対価の支払を求めており、この支払請求は被控訴人の令和3年5月14日
付け回答書により拒絶されたが(前提事実?)、控訴人が上記回答書を受領した時点で
は、遅くとも控訴人が本件各発明に係る特許を受ける権利を被控訴人に承継したと認め
られる平成23年9月13日から10年を経過していなかったから、控訴人の被控訴人
に対する職務発明対価請求権の消滅時効が完成していたとは認められない。
・令和5年8月29日 大阪地方裁判所判決[令和2(ワ)12107] 職務発明対価相当請求事件:
平成16年特許法35条に基づく職務発明相当対価請求権の消滅時効期間を10年と
解すべきである。
《後日追加の予定》
§17.特許庁などの中小企業支援策
§18.知財管理表の作成を
2.出願の作業
3.出願後から登録までの手続
4.登録後の手続
5.侵害への対応
6.知財契約(共同開発契約、ライセンス契約ほか)
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