Fukumoto International Patent Office


外国特許の手引き〜欧州特許出願(EPC出願)〜



           ロンドン協定の発効日(2008年5月1日)以後を想定

                      福本 2008年4月8日作成

 日本から欧州の国々で特許を取得する道筋として、それぞれの国毎に個別に特許出
願をする仕方(パリルート)の他に、欧州特許条約(EPC)を利用する仕方があり
ます。EPCは、欧州の国々(2008年4月2日現在34カ国)が結んでいる条約です。
欧州特許条約(EPC)に基づいてする出願を、欧州特許出願(EPC出願)と言い
ます。

 日本から欧州特許庁(EPO)に英語(独語・仏語もOK。日本語でもOKです
が、日本語の場合、出願後2箇月以内に英・独・仏の何れかによる翻訳文の提出を要
します)で出願書類を提出しておきます。そうすると、欧州特許庁で先行技術調査や
審査が行われ、特許性有りと認められると、欧州特許が付与されます。この欧州特許
は、出願人様が指定された国毎の国内特許と同じ扱いになります。このように、特許
になるまで一つの特許庁(EPO)で審査が行われ、特許されると希望した国毎の特
許になる、というのが特徴となっています。この点、審査をして特許を付与するか否
かを決定する権限は、国内移行した各国が有するPCT出願とは異なっています。

 審査が一本化されるため、国毎の特許庁と個別にやり取りする必要がないので、指
定国が多ければ(ロンドン協定発効前は、3カ国以上と言われていました)、国毎の
個別出願に比べて、費用の面でも欧州特許出願の方が有利となります。また、欧州特
許庁とは英語でやり取りができますので、日本や多くの国の出願人様にとっては、言
語の負担も軽いものとなります。このため、個別出願に比べて、欧州特許出願の利用
が年々増えています。

 EPC出願をすると、欧州調査報告(「サーチレポート」と称されます)が作成さ
れ、出願人様に送付されます。PCTの国際調査報告と同様に、関連する先行技術を
調査した結果を報告するものです。EPC出願は、出願日(優先権主張をしておれば
先の出願日)から1年6箇月経過後に公開されます。出願人様は、EPC出願につい
て審査を受けるためには、出願日から、欧州調査報告の公開が欧州特許公報に告示さ
れた日後6箇月までの期間に、審査請求をしなければなりません。

 審査の結果、出願が特許のための要件を充足しない場合には、その旨の通知が出願
人様に送られます。出願人様は、これに対して意見を述べたり、明細書等の補正を行
ったりすることができます。

 審査をパスすると、特許を付与すべき発明の内容を提示して特許付与の予告通知が
なされます(規則71(3))。出願人様がこれに応答して、所定の登録料・公報発行料
を納付するとともに、クレーム(特許請求の範囲)について、出願時の公用語以外の
2つの公用語(英語で出願した場合であれば、ドイツ語、フランス語)の翻訳文を提
出すると、提示された発明の内容を承認したものとみなされ、欧州特許が付与されま
す。

 欧州特許付与の告示から3箇月以内に、権利化を希望する締約国に有効化手続
(validation)をする必要があります。それによって、その国の特許権を取得するこ
とができます。原則として、明細書全文について、その国の言語による翻訳文の提出
を要します(条約65(1))。ただし、ロンドン協定に加入する国(2012年2月
1日現在18ヶ国)については、翻訳文の一部または全部の提出が免除されます(下
記の「改正その2. ロンドン協定の発効」ご参照)。

 欧州特許付与の告示から9箇月以内に、何人も欧州特許庁に、欧州特許に対する異
議を申し立てることができます(条約99(1))。異議が認められると、欧州特許は取
り消され、全ての指定国で特許権は初めからなかったものとみなされます。

 審査や異議申立の結果に不服があれば、審判を請求することができます。

 なお、PCT出願の一指定官庁として、欧州特許庁(EPO)に国内移行すること
も可能です(PCT経由のEPC出願は「Euro−PCT出願」と呼ばれます)。
EPOに国内移行した後は、EPC出願と同様の手続が進行し、特許されれば、EP
C締約国内の指定国毎の特許になります。すなわち、PCT−EPC−指定国、とい
うルートによっても、欧州各国で特許を取得することができます。

 欧州特許制度については、EPC2000の発効(2007年12月13日)と、ロンドン
協定の発効(2008年5月1日)とがあり、出願人様にとって、より利用し易いものとな
りました。

改正その1. EPC2000の発効

 EPC2000は、先の欧州特許条約の改正条約であり、2000年11月の外交会議で
採択されていたものです。それに伴う改正規則は、2006年12月に採択されていまし
た。発効の要件とされた当時の締約国の半数である15の締約国の批准が、2005年12
月にギリシャによりなされたため、2007年12月13日に発効したものです。

 日本の出願人様にとって、最も関係が深いと思われる主要な改正内容は次の通りで
す。

(1) 日本語で出願ができるようになりました
 従来は、締約国以外の国は、EPCの公用語(英語、独語、仏語)の何れかで出願
する必要がありました。このため日本からの出願は、英語でなされるのが通例でし
た。改正条約発効後には、日本語で出願することが可能となりました(条約14
(2))。但し、出願から2箇月以内に、何れかの公用語による翻訳文を提出する必要
があります(規則6(1))。日本語出願にもとづいて、誤訳の訂正をすることができ
る、という利点もあります(条約14(2))。

 先に日本国特許庁に特許出願をして、これを基礎とする優先権を主張して、1年以
内に欧州特許出願をする、という手順を踏むのが通例か、と思われます。そうであれ
ば、先の日本出願書類を利用して、まず欧州特許出願をしておき、後から英語の翻訳
文を提出する、という手順を採ることも可能です。もちろん、従来通りに初めから英
語等の公用語で欧州特許出願をすることも可能です(条約14(2))。

(2) 優先権証明書の翻訳文の提出が原則不要となりました
 従来は、審査官が特許しても良いと判断した場合に発送される「特許付与の予告通
知(従来の規則51(4)の通知)」への応答期間(4箇月)内に、優先権の主張の基礎
となる日本出願の公用語(通常は英語)による翻訳文を提出する必要がありました。
改正条約発効後には、提出が原則不要となりました(規則53(3))。また、「特許付
与の予告通知」への応答期間と、発送日から10日後に受領されたものとみなす「10日
則」とを考慮すると、2007年8月3日の時点で「特許付与の予告通知」が未だ発送され
ていなかった係属中の出願についても、翻訳文の提出は不要となります。

 ただし、日本出願後に公開された先行技術文献との関係で、優先権の有効性が問題
となり、欧州特許庁(EPO)から要求があった場合には、そのときに提出が必要と
なります(規則53(3))。この場合に、欧州出願自体が日本出願の完全な翻訳文であ
れば、その旨の宣誓をすることで、翻訳文提出に代えることが可能です(規則53
(3))。

(3) 優先権の主張を出願の後にすることができるようになりました
 従来は、優先権の主張は出願時に行う必要がありました。改正条約発効後は、優先
日(先の日本出願日)から16箇月以内にすることができるようになりました(規則
52(2))。但し、実務上は、期限徒過の危険や手続の煩雑さを回避するために、これ
まで通り出願時に行うことが、お奨めとは言えます。

(4) 優先権を主張する日本出願の出願日、出願番号、出願先の情報を提出するだ
けで、出願日が確保できるようになりました
 従来は、日本出願を基礎に優先権を主張した欧州特許出願の出願日を確保するため
には、特許明細書及びクレーム(特許請求の範囲)を欧州特許庁へ提出する必要があ
りました。改正条約発効後は、優先権の基礎となる日本出願の@出願日、A出願番
号、B出願先(つまり、日本国特許庁)の情報を提出するだけで、日本出願の内容で
出願日を確保することができるようになりました(条約80,規則40(1)(c), (2))。

 ただし、提出日から2箇月以内に優先権証明書(日本国特許庁の認証ある日本出願
書類のコピー)とその翻訳文とを提出する必要があります(規則40(3))。また、日
本出願に記載のない事項(新規事項)を欧州特許出願に含めることはできなくなる
点、注意を要します(条約123(2))。

(5) 出願時に全ての指定国を指定したものとみなされます
 従来は、欧州特許出願時に、欧州特許を権利化したい国を指定しておく必要があり
ました。改正条約発効後は、欧州特許出願をすると、自動的に全締約国を指定したも
のとみなされることとなりました(条約79(1))。指定国の取り下げは、特許が付与
 (the grant of the European patent) されるまでは、何時でも行うことができます
(条約79(3))。

(6) 他の国の審査で引用された先行技術文献の提出を求められる場合があります
 従来は、欧州特許出願に関連する発明について、他の国での審査で引用された文献
の提出を求められることはありませんでした。改正条約発効後は、欧州特許庁は、期
間を指定して、欧州特許出願に関連した発明について他国の審査で引用された文献の
提出を、出願人様に求めることができることとなりました(条約124(1),規則
141)。提出を怠ると、出願は取り下げたものとみなされます(条約124(2))。米国
のIDS制度に一歩近づいた制度であり、この点では、出願人様には不親切な負担増
と言えます。

(7) 特許後にクレームを減縮する訂正ができるようになりました
 従来は、例えば特許権者が被疑侵害者からの無効攻撃を受けた場合に、特許クレー
ムを減縮訂正しようとすれば、無効攻撃に曝されている特許権が成立している指定国
毎に行う必要がありました。改正条約発効後は、欧州特許庁に対して一元的に減縮訂
正をすることができるようになりました(条約105a(1))。但し、異議申立が係属し
ている間は、異議申し立て手続で保証された補正をすることは可能ですが、それとは
別に訂正請求をすることはできません(条約105a(2))。

 訂正請求をすると、適法な請求か否かについて、審査が行われます(条約105b
(1))。審査は、現クレームの減縮に該当するか、クレームの記載要件(条約84;明
確性、簡潔性、サポート要件)を満たしているか、出願当初の明細書からの新規事項
の追加に該当しないか(条約123(2))、保護の範囲を拡張しないか(条約123(3))に
ついて行われます(規則95(2))。つまり、明細書自身の検討により可能な審査に限
られており、引例との対比を要する審査(新規性や進歩性の判断)は行われない点に
注意を要します。引例との関係による訂正後のクレームの有効性については、特許権
者様ご自身が判断した上で、請求すべき訂正の内容を確定する必要があります。

改正その2. ロンドン協定の発効

 欧州特許を取得するには、特許付与の予告通知(規則71(3))の後に、クレーム
(特許請求の範囲)について、出願時の公用語以外の2つの公用語(英語で出願した
場合であれば、ドイツ語、フランス語)の翻訳文を提出する必要があります(規則71
(3))。さらに各締約国は、指定国として選択を受けた場合には、欧州特許付与の告
示後に、各締約国の言語によるクレームを含む明細書全体の翻訳文を提出するよう出
願人様に求めることができることとなっています(条約65(1))。従来は、締約国の
大多数が翻訳文の提出を要求していました。このため、指定国毎の翻訳文作成の費用
が、欧州特許を取得する上で大きな負担となっていました。

 この指定国毎の翻訳文作成の負担を軽減し、出願人様にとって欧州特許制度をより
使い易いものとする趣旨で、欧州特許条約(EPC)の締約国のうちの有志国が、
「ロンドン協定」を作定し承認しています。2008年5月1日の「ロンドン協定」
の発効により、協定を承認した国については、指定国に選択した場合の翻訳の負担が
軽減されることとなりました。承認国は、英、独、仏、オランダ、スイスを含めて、
全13カ国(2008年2月14日現在)となっています。

 協定の発効により、協定を承認している国のうち、英、独、仏の何れかを公用語と
する国(英国、独国、仏国、スイス国など)については、もはや新たな翻訳文を提出
する必要はなくなりました。また、英、独、仏の何れをも公用語としない国は、英、
独、仏の3言語のうちの一つを、明細書全体の翻訳文の言語として選択できることと
なりました。但し、クレームについては、自国語による翻訳文の提出を要求できるこ
ととなっています。例えばオランダは、明細書全体の翻訳文の言語として英語を選択
し、自国語によるクレームの翻訳を要求しています。

 なお、EPC締約国のうちの特許主要国の中で、イタリアとスペインは、当分参加
はしないだろう、と言われています。

 一例として、英語で欧州特許出願をし、英国、独国、仏国、オランダ、スペイン
を、指定国として最終的に選択した場合には、明細書全体の翻訳文としては、スペイ
ン語訳のみを提出すれば足りることとなります。クレームの翻訳文としては、独語、
仏語の他に、オランダ語の翻訳文の提出を要します。

 従来と比べて、明細書全体の翻訳文として、独語、仏語、オランダ語の翻訳文が不
要となっています。このように、翻訳の負担が著しく軽減されています。


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