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誰にもある?失敗の巻


                           福本 2024年1月作成

 失敗は誰にもある、とは言われるものの..何でこんなこと早く気がつかなかったのだ
ろう、と時折振り返ることがあります..

1.その1

 超伝導電線の臨界電流の応力効果の研究を行っていた学生時代のこと..実験によって
得た臨界電流と引張歪との関係を、コンピュータシミュレーションを使って再現すること
を思い付きました。1984年秋のことです。

 超伝導体に加えられる歪は、どの方向にもゼロであるときに、臨界特性が最高値となり、
歪が加わるとともに二次関数に従って特性が減退する、という外国の理論研究がありまし
た。一軸方向の引張歪が印加されたときの超伝導電線の内部の応力分布を、コンピュータ
によりシミュレーションすることにより、この理論を前提として、複雑な構造を有する超
伝導電線の臨界電流の変化の予測が、できるのではないかと考えました。
 
 様々な構成の超伝導電線について、計算結果が実験データと良い一致を示すならば、実
験を行うことなく応力効果の予測ができることになります。また、前提とした理論が検証
されたことにもなります。コンピュータシミュレーションは、有限要素法によるもので、
大学の大型計算機のアプリケーションとして利用可能となっていました。

 様々な超伝導電線についてシミュレーションを行い、得られた応力分布を歪分布に変換
し、理論に基づいて臨界電流を計算し、実験データと比較致しました。ところが、計算に
より得た結果は、予測に反して実験データを再現するものとはなりませんでした。

 事前に申し込んでいた1985年春の物理学会(京都大学にて開催)が近づいても、不一致
の原因は不明のままでした。発表では、何を目的として何を行い、何が得られたかをその
まま伝え、目的とした検証には未だ至っていないことを、正直に述べるほかありませんで
した。要は、検証失敗の公表に終わりました。

 その後、数ヶ月を経たある日、米国の論文(在米日本人研究者:Suenaga氏のものと記
憶します)の中に、歪と応力の変換式が提示されているのを目に致しました。固体物理学
の教科書にも出ていて、普段から見慣れているはずのテンソル式です。これをしばらく眺
めていて、「あっ!」と気が付きました。

 歪と応力の関係は、弾性定数を成分に持つテンソルを比例係数とする一次式で表されま
す。テンソルには、当たり前のことながら、非対角要素も含まれます。それこそが、テン
ソル演算を必要とする理由であるとも言えます。ところが、行っていた計算では、対角要
素のみを考慮して、応力分布から歪分布を導いていたのでした。

 このことに気が付いて、シミュレーションにより得ていた応力分布から、歪分布を計算
し直してみたところ、臨界電流の応力効果について得ていた実験データのすべてを、再現
することができました。引張に伴い臨界電流がピークを示すときが、超伝導体そのものに
加わる引張応力がゼロのときではなく、両者にはずれがあることは、既に知られていたこ
とでしたが、このことも、計算は明確に示していました。

 同年の12月8日に福岡にて国際会議(入江冨士男九州大学教授主催)が開かれ、この場
で発表することができました。予稿集は配布されましたが論文集は出版されなかったよう
に記憶致します。D論完成後のことで、D論にも入っていません。

 初歩的な誤りから成功に至らず、ふとしたことから誤りに気が付き、ようやく目的地に
たどり着くという..何とも半年以上もの回り道をしてしまいました。しかし遅れはした
ものの、最終的には予測通りの結果を得ることができ、思い出深い研究の一つとなりまし
た。

 学会終了の後に、晴れ晴れとした気分で福岡市内の喫茶店に入りましたところ、カメラ
を持った報道関係者が多数集まっていました。私のため??ではありません(当たり前)。
高見山と琴天太(ともに外国人力士)が向かい合って座って食事をしていて、琴天太がゆ
っくりとスプーンを口に運ぶたびに、フラッシュとシャッター音がしきりでした。大相撲
冬場所の時節のことでした..

2.その2

 弁理士資格取得前の特許事務所勤務時代のこと..大手顧客様の発明者原稿に、立派に
仕上がったフローチャートが添付されていました。年末が近づいていたときのことで、年
明け初日が出願原稿発送期限日。完璧なフローチャートがあれば、事前の質問無しで、冬
休み中に仕上げられると予測致しました。

 しかし、フローチャートの命令文を逐一追跡しながら、図を書いて処理を再現しても、
原稿に記載される発明者の意図通りの結果は得られませんでした。冬休みに入っていて、
期限までに質問の機会が無いため、やむを得ず、実施例レベルの請求項を記載して、出願
原稿を一応完成し提出致しました。

 ところが、その後、顧客様から返された検討結果には、簡明な発明が請求項に記載され
ていました。なぜ、そうなるのだろう、と返された原稿をよく見ると、フローチャートの
一部が黙って修正されていました。反復ループの中に挿入されていた、制御変数を1だけ
インクリメントする1行の命令文が削除されていたのです。

 この修正後のフローチャートに沿って、再度処理を追跡すると、何と、明快な発明が浮
かび上がるではありませんか...顧客様なので、フローチャートに誤りがあったことに
は何も触れず、「おかげで発明を明瞭に把握することができました」と、感謝の意を添え
て、修正後の最終原稿を提出致しました。

 見掛けのみから原稿が完璧、と即断せずに、事前に検討しておれば、質問の機会も得る
ことができ、失敗は避けられたことでしょう。当たり前のことでしょうが、何でも早めに
「嘗(な)めておく」ことが教訓となりました。

3.その3(後日追記予定)



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