Fukumoto International Patent Office


弁理士試験のおはなし 〜受験生の皆様へ〜



              福本 2013年1月14日作成 同3月更新

弁理士試験は、2000年以前に比べると、広い門になっていると言われます。
私が滑り込んだ10年前(2002年)には、すでに門が広くなり始めていました。
しかし現在なお、弁理士試験は国家試験の中で、司法試験とならんで難関の一つに
数えられているようです。

10年前の経験が今なお通用するのか、確信はございませんが、おそらく無益でな
いだろう、と思われる幾つかの経験があります。これを、簡単ながらお伝えしたい
と思います。

1.「基本書」で楽しく「お勉強」

受験界では、合格の年の直前まで、「基本書」重視の時代が続いていました。試験
科目である特許・実用新案、意匠、商標、条約のそれぞれに、「基本書」と称され
る書物があり、これを読まずして弁理士試験の合格はない、基本書から外れたこと
を書いても合格しない、などと言われていたのです。基本書とは、次のものです。
他に、パリ条約について解説された外国人の著作も加えられていました。

(1)	特許・実用新案:吉藤幸朔「特許法概説」(通称「吉藤」)
(2)	意匠:高田忠「意匠」(通称「高田」)
(3)	商標:網野誠「商標」(通称「網野」)
(4)	パリ条約:後藤晴男「パリ条約講話」(通称「後藤」)
(5)	PCT:橋本良郎「特許協力条約逐条解説」(通称「橋本」)
(6)	産業財産権法全般:特許庁編「工業所有権法逐条解説」(通称「青本」)

往復の通勤電車の中で、一冊に半年ほどを掛けて読み通しました。6冊を読み終わ
るまで、3年を要しました。

「吉藤」は、一つ一つの言葉が的確に選ばれていて、文章が何とも味わい深い、と
いうのが第一の感想でした。法律家の文章には、洗練された美しさがある、という
印象です。弁護士先生の論文や評釈にも、同様の感想を抱くことがしばしばです。

「吉藤」は、内容は高度ですが、読むのに決して難しい書ではありません。実務を
経験しておれば、意味するところは十分に分かるように書かれています。無理に努
力して読み通したのではなく、面白いから、小説を手にするのと変わりないくらい
の気持ちで、読み進めることができました。裁判例も多く紹介されており、一種の
裁判例集でもありました。おかげで、多くの判決にも触れることができ、実務にも
役立っています。

「高田」は、「吉藤」よりもさらに平易に書かれていて、その読み易さにまず驚き
ました。難関と言われた弁理士試験の基本書が、これほど平易な著書であることに、
何よりも驚いたものでした。読み進めながら生じてくるいろいろな疑問に、一つ一
つ答えるように、平易な言葉で丁寧に論述がなされています。

今でも、幾つかの重要な命題が頭に残っています。「意匠は外部から見えるもので
ある。外部から見えるところは意匠である。」、「形状のみの意匠とは、無模様一
色の意匠のことである。」・・・。

「網野」は、結論に至るまでの道筋がしばしば屈曲していて、すんなりとは結論に
辿り着かない、という独特のスタイルがありました。この著書も大変に味わい深く、
おかげで、商標法の基本的枠組みを理解することができました。

最も印象深いのは、商標の使用に関する解釈です。「商標の使用とは、商標を商品
に付する瞬間のみをいうのではなく、商標の付された商品が流通過程を転々とする
間、商標権者による商標の使用という状態が続いているのである。したがって、流
通過程にある商品から商標を他人が抹消すれば、商標権者による商標の使用が妨げ
られるのであるから、商標を使用する商標権者の権利、すなわち商標権が侵害され
るのである。このように、商標権には特許権とは異なり、『消尽』という概念が生
まれる余地はない。」(以上、自分なりの要約)

大変分かり易く、説得力のある考え方だと思いました。弁理士試験に合格した後、
商標権侵害事件判決の解説等に接する際に、「消尽」という語が使われていますと、
頭の切り替えを要しました。

「後藤」は、講話形式であるため、話言葉で書かれています。親しみ易い書です。
パリ条約の逐条解説、という性格の書です。これを読まずに、パリ条約の条文の意
味を理解することは困難だろう、と今でも思っております。

「橋本」は、その名の通り、手続き条約であるPCTの逐条解説です。条約だけで
なく、規則についても解説がなされています。膨大な規則をすべて拾い上げるのは、
労が多いため、受験機関(「パテントラボ」の多肢講座)の教示に基づいて、規則
については、出題の可能性のある条文のみ、全体の半分くらいに絞って読み通しま
した。

「青本」は、難解で面白くない、というのが最初の印象でした。そこで、「青本」
は、他の幾つかの基本書の後に読むことに致しました。後回しにしたおかげで、こ
の書も面白く読むことができました。「青本」を読むことによって、初めて、各法
域の条文の全体を、互いにつながりをもって、体系的に頭の中に納めることができ
た、というのが実感でした。「青本」には、各条文の趣旨が記載されており、「青
本」を読むことで、条文の意味を趣旨とともに理解することができます。

しかし、1500ページにも及ぶこの書には、最も時間を要することとなりました。
「青本」は、当時、法改正を反映したものが未刊でしたので、特許庁「平成10年/
11年改正・工業所有権法の解説」で補いました。

基本書を読み終える頃には、腹が定まって、本気で受験を目指す気構えができるよ
うになりました。「パテントラボ」の多肢講座(通信講座)を受講しまして、受講
修了の年に、多肢試験に初めて合格致しました(2001年)。

1年〜2年の短期で合格しようとなさる優秀な受験生の方々には、私のような回り
道は不向きであろうと思われます。しかし、時間を掛けて、全ての基本書をじっく
りと読み通したおかげで、深い理解を得ることができたのではないか、と思ってお
ります。

何よりも、いずれも面白い書ですので、飽きずに楽しく勉強を進めることができま
す。受験機関の教科書は、読んだことはございませんが、多分無味乾燥で面白くな
く、私などは、続かなかったのではないか、と想像致します。

基本書は、いずれも名著です。知財に関する各法領域をこれほど体系的に論じた書
は、他にないのではないでしょうか。

2.多肢は趣旨の理解を第一に

条文を丸暗記できる人は、素晴らしい、と思います。残念ながら、私にはできませ
ん。条文は頭の中に無いと、多肢に合格することはできません。しかし、条文の文
面をまるごと暗記する必要はなく、その意味するところを頭の中に保持しておれば
足ります。これは実務でも同じです。

その条文が何のためにあるのか、条文の趣旨を理解することによって、条文の文言
ではなく内容が頭の中に定着します。懸命に暗記しようとしなくても、ちゃんと頭
の中に座り込んでくれます。逆に趣旨が一知半解であると、いつまでも座りが悪い
ことになります。

多肢に合格するには、条文の趣旨を理解することが大事、とは、「パテントラボ」
の多肢講座の講師(最終合格まで多肢では毎年ほぼ満点を取得されていた弁理士)
が、強調しておられたところです。実際、趣旨を理解しておくだけでも、多肢問題
の相当部分を正答できる、というのが感想です(今でも当てはまるかどうかは分か
りません)。

なお、最終合格の年に突然に、多肢の試験科目に追加された著作権法、不正競争防
止法については、基本書レベルの書にまで手を伸ばす時間の余裕がなく、パテント
ラボの別の講座(通信講座)、「代々木塾」の「サブノート」、著作権法令研究会
「著作権法ハンドブック」等を利用致しました。

3.受験機関のゼミに参加してペースメーカに

多肢に合格すると、次は論文試験の準備をしたくなります。受験機関のゼミに参加
して、毎週答案練習(通称「答練」)を受けることと致しました。毎週、所定の範
囲が予告され、その範囲で出題がなされます。このため、一定の速度で、勉強が進
むことになります。一種のペースメーカとしての意義が大きいと言えます。

予告された範囲を、主に、受験機関のレジュメ(「サブノート」とも称されました)
に沿って、予習致します。基本書を完読した後であるため、レジュメに書かれてい
ることは、殆ど抵抗なく理解できます。

しかし、理解できていることと、答練で立派な結果を出すこととは、同じではあり
ません。ゼミでの結果は、良かったり悪かったり、何とも安定しないままでした。
理解だけでなく、もう一つ大事なことがあるということに、論文試験の直前に気が
付きました。

4.勉強仲間づくりを

私が受験準備の期間に幸運だった、と思いますのは、何と言っても、好い勉強仲間
に恵まれたことです。20名ほどのゼミの受講生の中に、「この指止まれ」をして
下さる発案者がいらっしゃって、6名が集まりました。毎週土曜日の午後に、ビル
の貸し会議室を借りて、勉強会を続けました。合格までの約1年間、冬も夏も一日
も休まずに集まりました。

情報交換、疑問の出し合い・教え合い、担当を決めての発表、出題への取組みと解
答、など、受験に役立つことは何でもやりました。何よりも一人ではない、という
安心感が、大きな支えになったと思っております。毎週の勉強会は、楽しみのとき
でもありました。おかげで、1年間、気持ちがいらだつこともなく、楽しく受験の
準備を進めることができました。

このような仲間に恵まれるということは、本当に貴重なことだと思います。

5.「項目まとめ」の作成と暗記

毎週のゼミの答練、論文試験直前の答練など、数々の答練に参加して、論文本試験
の準備を進めました。本気で合格を目指しておられる受験生なら、どなたもお遣り
になることだろう、と思います。

答練の結果は、浮き沈みが大きく、論文本試験の直前まで続きました。特に、最終
の答練は惨憺たるもので、結果を手にした途端、眼前が暗くなるほどでした。

これでは、どうにもならない、何とかしなければ、と真剣に考えました。これまで
時間を掛けて勉強し、理解もできているはずなのに、なぜ?というのが大きな疑問
でした。検討の結果、1つの結論を得ました。それは、必要な事項を整理して暗記
してはいなかった、ということでした。理解している事項を、直ぐに引き出せる状
態にしてはいなかった、ということです。

そこで、要件・効果など、必要な事項を短い言葉で列挙した「項目まとめ」を作成
することに致しました。2日ほどで、A4サイズ10ページほどにまとめることが
できました。論文本試験の10日ほど前です。これを暗記することと致しました。
この位の分量であれば、私でも暗記できます。内容を理解した上での暗記ですので、
大した苦労はありません。

その上で、過去の答練・本試験の問題に、取り組んでみたところ、何と、答案構成
が実に楽に出来上がり、模範解答に列挙される項目を殆ど外さずに、論じることが
できるようになりました。知識が整理され、引き出し易くなったおかげで、題意把
握までも的確なものになったようです。問題をいくつ解いても同様の好結果で、効
果は想像以上でした。

論文本試験の1週間前になって、ようやく自信を持つことができるようになりまし
た。落ちる、という気がしなくなったのです。

論文本試験では、第1番目の特許・実用新案法の出題が、勉強仲間から見せてもら
っていた、ある受験機関の答練の問題と、同じ条文に関連する出題であり、それが
ヒントになりそうな問題であったことに驚きました。答練の問題の解答は知ってお
りましたので、解答とは逆の結論を書いて、これを論述することにしました。答練
の問題をたまたま知っていたおかげで合格できた、と後から思いたくなかったから
です。論文試験では、論理付けの道筋さえしっかりしておれば、結論はどちらであ
ってもよい、と聴いておりました。

「項目まとめ」は、本試験のすべての出題で、予想通りの効果を発揮致しました。
本試験が終わったとき、合格した、と内心思いました。

論文試験の合格発表の後、東京で行われた口述試験では、試験官の方から論文試験
が好成績だったことを伝えられました。特許実用新案は良かった、意匠はびっくり
するほど素晴らしい出来であった、商標はまあまあ良かった、と告げられました。
「まあまあ」は余計だろう、と言いたくなりますが、やはり「まあまあ」だったの
だろうと思います。ともあれ、結果が好い場合に限って、試験官から成績について
言及頂ける、というのが慣例でしたので、「項目まとめ」の御利益は実証されたも
のと思っております。

なお、弁理士試験合格の次の年に行われた特定侵害訴訟代理資格試験でも、「項目
まとめ」は、効能を発揮致しました。訴状等の記載に関連した事項、民法、民事訴
訟法について、A4サイズで各々20〜25枚程度にまとめることができました。
「項目まとめ」は、重要事項を暗記し易いように簡潔にまとめたものですので、受
験だけでなく、その後の実務にも役立ちます。

「項目まとめ」の経験からも、試験の準備には一定の要領がある、ということを改
めて教えられたように思います。このことは、高校生時代に大学受験の準備をする
中で発見したところでもあります。正しい要領を掴むと、成績は急転上昇します。

6.論点の深掘りは合格後のお楽しみに

論文試験の準備のなかで、様々な疑問点を解消して理解を深めるための研究も進め
ておりました。参考にした書は、竹田稔「知的財産権侵害要論」、増井和夫・田村
善之「特許判例ガイド」、民法・民訴法の基礎に関する教科書、特許実用新案審査
基準、意匠審査基準、商標審査基準などです。

研究を進める中で、自身で発見した事項もあります。例えば、自己の先願特許発明
を利用した後願発明であっても、他人の特許発明であれば無断で実施することがで
きないことは、当然のことと解されていますが、この理由付けが、どの書にも記載
されていないのです。書物に引用される判決例にも述べられていません。受験機関
のレジュメにも、なぜかこの事項については、理由付けの記載がありませんでした。

この理由付けのために特許法の条文を検討する中で、特許法92条(裁定通常実施
権の規定)第2項は、先願に係る特許発明の特許権者が、後願に係る利用特許発明
を無権限で実施し得ないことを前提としたものであることに、気が付きました。特
許法自体が、後願に係る他人の利用特許発明を無断実施できないことを、当然の前
提として制定されているのです。

本試験の論文試験では、特許・実用新案と意匠との2つの出題について、この理由
付けを記載する機会がありました。これも幾らかの加点の対象になったのではない
か、と思っております。理由付けは、「特許法92条2項は、先願に係る特許発明
の特許権者が、後願に係る他人の利用特許発明を無権限で実施し得ないことを、前
提とした規定であると解する。」という一文で足ります。本試験で機会がお有りで
したら、書いてみられては如何でしょうか。加点されるのではないかと思います。

本試験合格前の研究は、あくまで本試験合格を目的とした限度に止める必要がある
ものと考えます。一つのテーマについて、検討を進めて行きますと、際限がありま
せん。本試験の答案として書くことのできる程度にまで納得することができたなら
ば、後は、合格後の課題として残しておくべきだろう、と考えます。残された課題
については、メモ書を残しておくと良いと思います。

基本書等を読むときにも、疑問点があればメモを書き込んでおいて、先に進んで行
くと、疑問点はそのうちに解消される、ということも少なくありませんでした。受
験準備の時間は限られていますので、時間を有効に使うことも考慮すべき事項だと
思います。

7.気分転換の時間を

最終合格の前年10月には、勤務していた事務所を退職して受験浪人となり、1日
のすべてを受験準備に使える、という恵まれた状況にありました。しかし、睡眠時
間、食事等の時間を除いた一日16時間を、フルに勉強に割り当てることができる
訳ではありません。10〜12時間が実際上、限度でした。勉強には神経の集中を
要しますので、たとえ10時間であっても、神経が一日で疲労します。この疲労を
解消しないと、次の日の勉強は進みません。疲労が進むと、目で文字を追うことす
らできなくなります。

幸いに、近くに大阪市の公園があって、テニスコートがあり、壁打ち用のコンクリ
ート壁まで用意されていました。いつでも誰でも利用できるのです。毎日、夕方に
は、この公園に出かけて、1時間半の壁打ちに専念致しました。これで、頭の中は
完全にリセットされます。ボールを追いかけていると、勉強のことはすっかり忘れ
ます。このことが大切なのです。

合格できた要因は、好い仲間に恵まれたこと、「項目まとめ」を思いついたこと、
のほかにも様々あると思います。その中で、大阪市が設置してくれていた壁打ちの
できる公園も、必須の要因であったと考えております。

以上は、生来のんびり屋で、大学では留年までした者に適した我流の勉強法です。
繰り返しますが、私とは異なり、短期合格を目指される優秀な受験生の方々には、
不向きの内容も含まれているだろうと思います。一部なりともご参考になれば幸い
です。

8.合格後も「お勉強」(2014年8月)

合格の後も、弁理士であり続けるためには、勉強を続ける必要があります。受験時
代に手にした書物よりも、はるかに多くの書に親しむことになるだろうと思います。
受験勉強は基本に過ぎません。弁理士の業務は多岐に渉ります。また、法律、判例、
技術、いずれも時間と共に変わってゆきます。受験が終わってほっとしている間は、
無いだろうと思います。

講演や研究発表も、積極的に行うのが良いと思います。周到な準備を要しますので、
誰よりも発表者自身が、最も深い理解に到達できるはずです。

新たな資格試験に挑戦するのも、勉強への励みになるのではないでしょうか...
「ソフトウェア開発技術者試験」を、弁理士試験合格後に受けたことがあります。
午前と午後Iの部は、いずれも合格点でしたが、午後IIの部では、525点で合格
ライン600点に及ず、不合格となりました。自慢にはなりませんが、それでも実務
には十分に役立っています。

弁理士試験を目指すかどうか、という、そもそもの入口のところで、迷いがお有り
でしたら、もっとも素朴な問いかけに、答えてみられると良いと考えます。それは、
知財の仕事を面白いと感じるかどうか、という問いです。口先だけでなく、心から
「面白い」「楽しい」と感じて、日々の実務に向かうことができるかどうか、を検
証なさるとよいと思います。答えが「Yes」であれば、弁理士業務に、いわば素
質がお有りなのだと思います。


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