Fukumoto International Patent Office


明細書の書き方アドバイス(その2) 〜半導体装置の発明〜



         福本 2007年8月24日作成 2012年12月更新

(1) 作り方のことも考えよう

 半導体装置の発明では、発明がなされたときには、その製造方法も同時に着想され
る場合が多いものと思われます。半導体装置の発明については進歩性がないとして拒
絶されるような場合であっても、製造方法に特徴があれば、製造方法で特許を得る可
能性が生まれます。また、半導体装置の発明に進歩性があれば、その製造方法の発明
も原則として進歩性有りとして、特許されます。

 さらに、半導体装置の発明によっては、その構造を示しただけでは、どうすればそ
の装置を作ることができるのかが、半導体技術分野の技術者にも理解できない場合が
あります。特許を取得するためには、特許明細書には、それを読んだ半導体技術分野
の技術者が、その装置を作ったり、使ったりできるように記載することが求められま
す。製造方法が簡単に分かるような発明でない場合には、製造方法をも示しておくこ
とは、装置について特許を取得する上でも必要なこととなります。

 半導体装置とその製造方法は、互いに密接に関連していますので、1つの特許出願
に盛り込んで権利化を図ることができます。半導体装置のご発明をなさったら、その
製造方法についても、同じ出願に盛り込むことが、一般に望ましく、ある場合には必
須である、とも考えます。製造方法については、製品のリバースエンジニアリングに
よって容易には分からないようなものであれば、ノウハウとして秘匿するという途も
ありますので、このことも頭において選択なさるとよい、と思います。

(2) どんな図面が必要?

 半導体装置の発明では、半導体基板内に形成される各半導体層や、基板の上面に配
置される配線の構造などに特徴があるものが通例です。したがって、半導体基板の縦
断面図、横断面図、平面図など、構造を表す図面が、無くてはならないものとなりま
す。

 製造方法を表す図面としては、製造の一工程ごとに半導体の構造がどのように変わ
ってゆくかを示す製造工程図が一般的だと考えます。パンの生地をいくつも重ねた
り、クリームを挟んだり、チョコレートで覆ったり、フルーツを配置したりして、ケ
ーキを作り上げてゆく様子を、紙芝居で示すような図面になります。

 半導体装置の発明では、その動作や特性が、理論だけでは十分に予測できない場合
が少なくないものと思われます。そのような場合には、動作や特性を実証する実験や
シミュレーションを行って、その結果を示すことが必要となります。実験やシミュレ
ーションの結果を示すためには、例えばグラフや表が用いられます。

 実験やシミュレーションについては、結果を示すだけでなく、特許明細書を読んだ
半導体技術分野の技術者が、追試をして結果を確認できる程度に、実験やシミュレー
ションの条件についても記載しておくことが大切です。

(3) 特許請求の範囲の書き方に注意しよう

 技術分野を問わず、特許請求の範囲では、発明を広い概念で記載することが大切で
す。半導体技術分野で基本的で便利な表現について、例を挙げると...

(i) 半導体基板に作り込まれる様々な要素について、「第1の半導体層」「第2の半
導体層」「第1の絶縁膜」「第1の導電層」...と記載することで、要素の材質
(シリコン、シリコン酸化物、銅など)を特定しない記載とすることができます。

(ii) 例えば、MOSFETに半導体層を一層加えることによって、IGBTが出来上がりま
す。「ソース電極」「ドレイン電極」などと記載する代わりに、機能を特定せずに
「第1主電極」「第2主電極」と記載すると、双方の装置を包含した構造を記載する
のに便利です。

(iii) 「p型」「n型」を、「第1導電型」「第2導電型」と記載することで、「p
型」と「n型」とを入れ替えた相補的な関係にある半導体装置を、同時に記載するこ
とができます。

(iv) 「半導体基板」と記載する代わりに「半導体基体」と記載することで、板状の
ものというニュアンスを消去することができます。

(v) 不純物について「導入」と記載することで、例えばイオン注入だけでない、様々
なドーピングを含めることができます。

(vi) 「全体ではなく、ある特定部分だけに」と表現したいときに、「選択的に」と
いう表現が便利です。ある「半導体層」が半導体基体の主面に「選択的に露出す
る」、半導体基体の主面に不純物が「選択的に導入される」..等々。

 半導体装置の構造は、図面を見れば分かるものですが、幾何学的に複雑な構造を言
葉で表現して記載するには、ある程度の筆力を要します。特許公報を参考にすると良
いと思います。

(4) 「変形例」はおまけ..??

 特許請求の範囲を広い概念で記載しても、その裏付けがなければ、字句通りに広く
解釈されるとは限りません。特許明細書の実施の形態欄には、具体的な好ましい例で
ある実施の形態と、広い特許請求の範囲との空隙を埋める「変形形態」を記載してお
くことが大切です。

 特許明細書の末尾に「変形例」「変形形態」と題して、おまけのように短い言葉
で、図面の参照もなく記載されることの多い「変形形態」ですが、発明の実施の形態
の1つであることに変わりはありません。それを読んだ同じ技術分野の技術者が、そ
の装置を作ったり、使ったりできるように記載しなければ、やはり記載したことには
なりません。「防衛出願」として、他人の権利化を阻止する力も発揮できなくなりま
す(特許庁・特許実用新案審査基準II-2-1.5.3(3)A/II-2-2.4(3)ご参照)。

 これに関連して、「当業者が得ることができる出願時の技術水準に属する知識に基
づけば、作れ、使用できるときは、進歩性判断の引用発明とすることは可能」とした、
同審査基準(II-2-2.4(3))の記載は、改訂審査基準(2003年12月)により削除され
ていることに注意を要します。「技術水準」とは、「周知技術」や「技術常識」に限
らず、公知の技術全体を意味します(同審査基準II-2-2.2(2)ご参照)。 

 最も好ましい実施の形態を、図面をも参照しつつ十分に詳細に説明しているから、
それを母体として一部を置き換えたり、変形したりしたものは、一から詳細に記載し
なくても、その技術分野の技術者には十分に分かることが多いので、短い言葉で書か
れることが多くなっているに過ぎません。その技術分野の技術者に十分に分かるもの
とは言えない変形形態であれば、言葉を尽くして、必要であれば新たな図面を参照し
つつ、詳細に記載する必要があります。

 半導体装置の発明においても、変形形態として、他の装置への転用の可能性を考え
ることも大切です。例えば、ゲート電極の構造に特徴のある発明であれば、MOSFETだ
けでなく、MOS構造を持つ幅広い半導体装置に転用が可能なはずです。また、半導
体装置には、「横型」「縦型」「平面型」「垂直型」という展開があります。ご発明
について、このような展開の可能性を検討してみることも大事だと考えます。展開が
可能であれば、特許請求の範囲について、これらを包含する広い記載とすることがで
きます。

(5) 外国出願のことも考えよう

 半導体装置の市場は世界に広がり、生産工場も世界に広がっています。半導体装置
の発明は、外国出願に結びつく場合も少なくないものと思われます。外国出願の可能
性のある発明であれば、日本出願の段階から、外国出願を考慮した特許明細書を作っ
ておくことが望まれます。

 いろいろな意味で、記載の要件が最も厳しいのが米国ですので、米国出願を見据え
た記載にしておくのが良い、と考えます。例えば、特許請求の範囲については、二度
目以降に登場する要素については、もれなく「前記〜」と記載しておくことが大切で
す。また、複数であることを要する要素については、誤訳を防止するために、逐一
「複数の〜」と記載しておくことも大切です。

 図面については、米国出願を考慮して、特許請求の範囲に記載する要素や、将来の
減縮補正で特許請求の範囲に盛り込む可能性のある要素が、全て図面に現れるように
しておくことが大事です。

 また、半導体装置の構造を表す断面図では、材料が発明の重要な特徴である場合が
多いものと思われます。そのような場合には、半導体層はハッチングなし、導電体は
普通に線の細い斜めハッチング、絶縁体は異常なほどに線の太い斜めハッチング、と
いう米国の実務に合わせておくと良い、と考えます。日本出願の図面としても、構造
の分かりやすい大変見易い図面になります。

 外国出願を考えた特許明細書の作成については、「外国出願を見据えた特許明細書
の書き方」をご参照下さい。


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