Fukumoto International Patent Office


明細書の書き方アドバイス(その1) 〜電子回路の発明〜



          福本 2007年6月8日作成 2007年9月15日更新

(1) 図面を準備しよう

 電子回路の発明に限りませんが、発明を分かりやすく第三者に伝えて特許を取得す
る上で、特許明細書に図面を添付することは、実際上欠かせないと言えます。回路発
明では、発明の構成を表す図面として、回路図が標準的であると言えます。回路図
は、電子回路を表現する言葉のようなものですので、発明者様が回路の発明を着想さ
れたときには、回路図が少なくとも頭の中にイメージされているはずです。したがっ
て、回路図を作成することは、発明者様にとって何らご負担にはならないだろう、と
思われます。

 動作を表す図面としては、例えば回路の各部の電圧や電流などの波形図タイミ
ングチャートが用いられます。回路発明は、その働きを理論で説明し得る場合が多い
ものと思われます。そのような場合には、波形図やタイミングチャートなどの動作説
明図は、必ずしも実験データであることを要しません。間違いでなければ、「理論上
こうなる」という図面を作成しても支障ありません。

(2) 変形例を記載しよう

 他の分野でも同様ですが、回路発明では特に、数多い変形例があり得る点に注意が
必要です。例えば、バイポーラトランジスタに代わり得るものとして、JFET、M
OSFETがありますし、サイリスタで代用できる場合もあります。ダイオードに代
わるものとして、ベースとコレクタとを互いに接続したトランジスタを用いることも
できます。回路の機能によっては、ツェナーダイオードをバリスタで代用できる場合
もありますし、複数のダイオードを直列接続して、その順電圧をツェナー電圧の代わ
りに使用できる場合もあります。

 現代では、回路を構成する要素として、多種多様な回路素子が準備されていますの
で、一つの回路素子には、置き換え可能な別の回路素子が幾種類も存在するのが常で
す。広い権利を取得するために、明細書には、そのような置き換え可能な回路素子に
ついても言及しておくことが大切です。

 置き換え可能な回路素子の中で、特に望ましいものがあれば、理由とともに記載し
ておくことも大事です。将来の審査の過程で、特許請求の範囲を望ましい形態に減縮
補正することによって、特許を取得できる場合があるからです。

 また、回路発明では、電源電位などの電位の正負を逆転させた相補的な回路が存在
し得る場合が殆どです。相補的な回路は、トランジスタのような能動素子が含まれて
おれば、相補的な関係にある素子に(例えば、NPN型をPNP型に、Nチャネル型
をPチャネル型に)置き換え、受動素子のうちダイオードのように方向性を持つ素子
であれば、その向きを逆にすること(PNを入れ替えることと同じ)で簡単に実現す
ることができます。このような鏡に映したような回路の存在について、簡単ながらも
言及しておいて、特許請求の範囲では、これら双方を含むような広い記載にしておく
ことも大切です。

(3) 広い名前を記載しよう

 また、代替可能な一群の回路素子を一括りできる上位概念があれば、それを記載し
ておくことも大事です。例えば、バイポーラトランジスタや、FETや、サイリスタ
等をスイッチとして用いるのであれば、それらを一括りにしたものとして、「スイッ
チング素子」という名称を、その意味を明確にして記載しておくと良いでしょう。そ
うすることで、特許請求の範囲では「スイッチング素子」という広い記載が可能とな
ります。

 また回路発明では、回路と、その最小の構成要素である回路素子との間には、一定
範囲の回路素子の組合せによって形作られる回路ブロックが、中間レベルの構成要素
として存在する場合が通常です。このような回路ブロックにも、例えば「検波回路」
「整流回路」「平滑回路」「増幅回路」といった名称を、明細書の中で記載しておく
と良いでしょう。特許請求の範囲では、これらの名称をも用いて、発明を広く記載す
ることが可能となります。名称は、学術用語や、回路技術の分野で慣用されている用
語があれば、それを用いるのが原則ですし、余計な説明をしなくても済みます。それ
が無い場合には、その意味を明確に定義して用いることが大切です。

(4) 要所には回路定数の一例を

 特許明細書には、それを読んだ回路技術分野の技術者が、その回路を作ったり、使
ったりできるように記載することが求められます。この趣旨に照らせば、回路設計図
のように、回路定数を逐一記載することまでは、通常は要しないものと思われます。
しかし、特に望ましい回路定数の範囲が有れば、その理由とともに記載しておく価値
があります。また、一部の回路素子については、回路定数を例示することで、その動
作が理解し易くなる場合もありますし、特に、波形図を例示する場合には、前提とな
る数値例を示す必要も出てきます。このように、要所に回路定数を例示しておくこと
は、一般に望ましく、時には必要なことだと考えます。

(5) 特許請求の範囲を広く記載しよう

 回路発明は、代替可能な回路素子や回路ブロックが数多く存在することから、設計
変更によって簡単に侵害を免れ易い、という特質があります。そのためには、特許請
求の範囲では、上に述べた「広い名称」を使ったり、機能的な記載(例えば、「〜の
電圧を分圧する」など)を使ったりして、発明を広く記載することが大切です。ま
た、上に述べた「相補的回路」をも包含するような広い記載にする必要があります。
それと同時に、広いレベルから狭い実施形態レベルまで、複数の請求項に分けて、多
段階に発明を記載することも大切です。

 最高裁判所の判決(平成10年2月24日)によって均等論がいわば解禁された現
代では、第三者の実施品が特許発明と微差の範囲であれば、均等論で救われる可能性
もあります。しかし侵害訴訟で均等論が適用されるケースは少ないのが現状ですし、
無用な争いを未然に防ぐためにも、十分に準備のできる出願の段階では、御利益の不
透明な均等論にすがることなく、漏れのない権利に仕上げる努力をすることが求めら
れます。そのためには、明細書作成の技術とともに、様々な回路素子について幅広い
知識を持っておくことも大切だと考えます。


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